スミルノフの野望㊾

「鳴子沢さん。あなたの御事情は一応のこと窺っております。しかし……」

 島崎は言って、それから複雑な面持ちになり、周囲の者たちに目配せをした。無論、運営本部に身を置く人々も複雑な表情で島崎を見返している。

 そんな状況を彼女は察してか、

「なら、僕は一人でも、あの山向こうに偵察に行ってきます。あれが何なのか分からなければ、今後の対策はどうあっても出来ないはずです!」

「それはその通りなんだが……」

 島崎は煮え切らない。

 そこにデュバラが割って入り、

「いや、小紋殿はここで待機していてくれ。ここは私が偵察に参る!」

「だ、だめだよう!! デュバラさんはここで絶対に無理しちゃだめ!! ほら、昔取った杵柄って言うでしょ? 僕なら何とかなるよ。なんたって、僕はヴェルデムンドの背骨折りの唯一無二の弟子なんだからね!」

 小紋は、自身が無茶苦茶なことを言っていることを自覚していた。こんな子供染みた理由を前面に押し出すなんて、あまりにも馬鹿げている。

 本当は、彼女はこんなこと言いたくはなかった。どんなに〝ヴェルデムンドの背骨折り〟が多大な影響力のある人物だからと言って、それをここで言い出してしまえば、自分の師匠のみならず、自分自身も安売りしてしまっているようでならない。これではまるで、偉大なる者の威光を糧に、自分の信用を必死で取り戻そうとしている俗人以下の行為なのだ。

 しかし――

「分かりました、鳴子沢さん。あなたに偵察をお任せします。いえ、言い直します。この通りです。この寄留地に住まう全員のために、山向こうの状況の偵察を行っては頂けないでしょうか?」

 島崎が、丁重な態度で小紋にそれ用に設えた小型カメラを渡した。山向こうでは、未だ戦乱の業火が白い炎となって夜空を照らしつけている。

 一同も島崎にならい、同じように襟を正し、小紋に敬礼をする。

「島崎運営長……」

 

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