偽りの平穏、そして混沌⑭


 ※※※


「なるほど、これは流石としか言いようがありませんな。しかし、いきなりのこの状況で、ここまでやってのけますか、あの小娘……いや、ミス鳴子沢は」  

 モニターをうかがいながら、スミルノフ中尉が涼しい笑顔で隣の人物に問い掛ける。監察官を証明する胸のバッヂが嫌味にぎらつく。

 問い掛けられたあご髭の長い白髪の老人は、答えるのがさも億劫そうに目を細めながら、

「当然じゃ。あの真っすぐな暴れん坊が惚れ込んだ唯一の素材じゃからな」

 言って深くため息を吐く。

 スミルノフは、そんな老人の心中をさとったのか、

「なるほど。随分とあなたも変わられたものですな、桐野博士? まあ、あなたほどのお方が、多大なる期待をかけた暴れん坊の――羽間正太郎の、その愛弟子の行く末を占う実験ともなれば、そうともなりましょうな?」

「ふん、どうとでも言え、この腐れ外道めが。貴様のような腹黒い武器商人風情が、私設軍とは言え軍人の階級を取得している時点で全てが胡散臭くなる。のう、よ?」

 桐野博士は蓄えた白髭をさすりつつ、苦々しい表情で言い放った。相変わらず目つきは鋭い。

「これはお言葉ですな、桐野博士。かつて私の商売敵でもあったあの男――羽間正太郎とて、あなたの仰る武器商人風情の一人なのです。それなのに、彼の何が良くってそう仰る? この私のみが腐れ外道などと言うレッテルを張られるのは心外ですな。主観的な物の見方のみで語られるのは失礼極まりないというものです。それとも、武器専門で開発されているあなたが、この私に対して、さも美しい倫理や、さも正しい道徳で説き伏せるとでも?」

「ぬかせ。わしはもともと武器を作る予定などなかった。ただ、人間と機械とが仲良く手を取り合って生きて行ける道しるべを作りたかっただけじゃ。あの烈太郎のように……」


 ※※※


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