偽りのシステム212


 まさに狂気。ファッキンという人物は、後にも先にも全ての存在を認めない。自分という存在を否定したいがために、この世の全てを無にしたいのだ。

 アイシャは、傷口の堪えがたい痛みと同時に、聞いたことも遭遇したこともない相手の理屈にかなりの衝撃ダメージを受けていた。

 箱入りのアイシャ――。

 人々は、そろって彼女をこう呼んだ。だが、それは決して彼女を揶揄やゆしたくてそう呼んでいたわけではない。国民は、彼女に人々の理想を追い求めていた。だからこそ、彼女が守られた場所に居ることを何の抵抗もなく受け入れていたのだ。

 だが、その状態を唯一危惧していた人物が居た。それが、彼女の父であるゲネック・アルサンダールである。

 ゲネックは、十四人の実子の中でも末娘のアイシャに、ほかの子供たちにはない、ただならぬ能力を見出していた。そしてそれは、自らが選んだ唯一の弟子である羽間正太郎と同様のものを感じていたのだ。

「周囲の者たちは、この末娘のアイシャをただひたすら可愛がるだけで……。しかし、これでは、この子の持て余すほどの秘めた才能を潰してしまうだけだ」

 ひたすら感受性に長け、厳しい訓練を受けた他の者ですら気づかぬものを、容易に認知できてしまう類まれなる力――。

 その昔、まだ年端の行かぬ幼少のアイシャの頭を撫でつつも、ゲネック・アルサンダールは苦悶の表情を浮かべながら戦場へとおもむいたのであった。

 しかしながら、その数年後、ゲネックは羽間正太郎なる類まれな才能を持った男に出会う――。

 それから月日は流れ――。やがてあの激しかったヴェルデムンドの戦乱が終結を迎えるころ、ゲネックは美しい娘へと成長した末娘のアイシャに看護されながら、自らの人生の最後のひとときを過ごしたのだ。

 その時に、羽間正太郎との激しい修練の日々経験と、戦乱での思い出が、アイシャという一人の存在に語り継がれたのだ。

 アイシャは実に勘の良い娘であった。そして、感覚センスの塊でもあった。一度聞いた話は、何通りもの手技となって肉体で表現することが出来る。

「わ、わたくしは決してひるみません。こ、こんなもの、正太郎様が生き抜いてきた痛みに比べれば……。こんなもの、正太郎様が守ろうとして来たものの大きさに比べれば……」

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