偽りのシステム161


 エスタロッサの勢いは、もう誰にも止められなかった。今、ここで一度口から出た言葉を押し戻すことはできない。一度吐いた憤懣を押し殺すことはできない。

 本意ではないにしろ、自分の境遇に対する憤懣を正太郎にぶつけないではいられなかった。どうしても彼に吐き出したかったのだ。

「セリーヌちゃん……」

 正太郎は、残念そうにロープをほどき出した。手元をまさぐりながら、ゆっくりゆっくりと絡み合った部分をほどいていった。

 エスタロッサは、鼻の奥につんとしたものを感じていた。感じつつも、奥歯の辺りがカチカチと震えが止まらぬ情けなさで心が張り裂けそうになった。

 こんなに子供染みた感情をあらわにしたのはいつ以来のことであろうか。

(あの事件が起きて、私の身体が滅茶滅茶になってしまった時以来かもしれない……)

 無論、凶獣の大襲来を受けて命を取り留めたのは不幸中の幸いであった。

 だが、彼女が集中治療室で目を覚ました時に感じた虚無感には果てしないものがあった。

(体のほぼ半分が凶獣たちに食いちぎられて……。あの時、私に残ったのは私自身という意識と思い出だけだった。明るい未来なんて絶対に想像できなかった……)

 当時、彼女には好きな男子がいた。だが、奥手な彼女は今までがそうであったように、自分の気持ちを伝えられないでいた。

「セリーヌちゃんは可愛いんだから、もっと積極的に行けば必ずボーイフレンドの一人や二人は固いって」

 仲の良かった女友達にはそう言われていたが、どうにもエスタロッサには、それを飛び越える勇気がなかった。

 しかし、こうして肉体のほぼ半分を失ってしまった今現在を鑑みれば、あの時の状況など取るに足らないものだと悔やまれて仕方がない。

 生まれながらにして水際立った器量を有しながらも、全てにおいて後手を踏んでしまう性格が彼女の欠点であったのだ。

(それなのに、私はこの人を責めている……。私は卑怯な女です。いや、もう女ですらありません……)


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