偽りのシステム155

 

 エスタロッサ自身も、これで何かの呪縛から解き放たれたような気がした。生まれ出てきたままの人間として死んでいけるような気がした。

「へへっ、なら、これで本当に俺たちは一つになれたってことだな。そう、あとは実力と運任せだ」

「はい」

 この時、エスタロッサは世界が四角四面に出来ていないことを悟った。何しろ彼女は、つい先ほどまで命を懸けて殺し合った男を背負っているのだ。この二人の状態を、小学校の算数の授業の内容だけで説明出来るとは到底思えない。それだけ今の二人は、足しても掛けても引いても割り切れない関係である。

 二人は、言葉を交わし始めたのもつい今しがたであるし、肌の温度を感じ合ったのもつい今しがたのことである。

(私たちは、それぞれに考え方も、辿ってきた道も全く違う者同士なはず。それなのに、お互いのことを深く分かり合えているような気がする……。これが私だけの妄想でなければいいのに……)

 そう考えながらも、現実は目の前に迫っていた。複数の凶獣反応が、彼女の補助脳モニターに映りこんできたからだ。

「羽間正太郎。どうやら、もううかうかしていられる状態ではありません。気を取り直しましょう」

「ああ、分かった。俺にも聞こえてるぜ。あいつらの野生に満ちた憎しみの声が」

「憎しみの声?」

「ああ、憎しみの声だ。あいつらヴェロンてのは、俺たち人間が大嫌いなんだ。そして憎いんだ。奴らはこの世界の上位存在だ。いや、この世界のヒエラルキーの頂点だ。だがよ、突然人類と呼ばれる俺たちが、土足でこの世界に足を踏み下ろした。だから奴らは、俺たちを食うのさ。食って食って食いまくって、俺たち人類を根絶やしにするのさ」

 エスタロッサは、正太郎の言葉を聞いて背筋に寒気を感じた。かつて、彼女はあのヴェロンに体の半分近くを奪われている。

「だからだよ、セリーヌちゃん。俺には聞こえて来るんだ。あいつらの憎しみの声がよ。この手探りも不可能なぐらい真っ暗闇の地獄の一丁目のまん真ん中でもよ!!」




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