浮遊戦艦の中で190


 

「その通りだ、フーリンシア君。さすがに賢い君だけのことはあるな。つまりだな、君はあの時、〝不安〟の二文字に身体全体を覆いつくされてしまったはずだ」

「ええ、大佐のおっしゃる通りです。私は、大好きな大佐にいきなり薙刀を付きつけられて、恐怖を感じるの同時に、心許ない〝不安〟を感じました。その感情は何と言いますか、心の中だけでなく、危険と隣り合わせの拠り所となる場所を身体全体から剥奪されてしまったような、あり得ない喪失感にさいなまれたのです」

 フーリンシアはまるでビデオカメラを巻き戻して見るように、あったことを淡々と語る。

「うむ、素晴らしいな、君は。そこまで客観的に自分自身の記憶を見つめ返せるとは……」

「いえ、こんなことは当たり前のことです。そうでなければ、もとより人工知能になど興味は持ちませんでした」

「なるほど……」

 剣崎は、感心したように喉をうならせ彼女を見つめながら、

「で、話を戻すが。君たちの作り出した人工知能〝火之神〟に足りぬもの。それはまさに〝不安〟だと言える」

「〝不安〟……? 不安ですか? 大佐が〝火之神〟に足りないとおっしゃるものは、〝不安〟なのですか?」

「ああ、そうだ。元来、人間という生き物の根底には、〝不安〟が付きまとう。だから〝不安〟にあらがおうとするのだ」 

「不安と抗う……」

「そうだ。我々生物の最大の目的は〝種の保存〟に過ぎん。そのために、我々は生殖行動を営み、他の物を食し、睡眠をとって休息を取らねばならない」

「ええ、それは巷でも言われている三大欲求のことですね」

「ああ、そうだ。だが、人はその三大欲求や、普段の生活の機能的循環を、他の要因によって阻害されてしまうことに〝不安〟を覚えるように出来ている」

「ああ、そういうことなのですね。つまり、〝不安〟を覚えるということは、生物的にはかなり自然的な行動。人間には切っても切れない無意識な感情というわけなのですね」


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