浮遊戦艦の中で⑩


 ミリア・サージェス・ジグムント。彼女も正太郎の耳にするところ、かなりの良いところのであるという噂である。

 人というものは、若さゆえに本能がおもむくままに人生を左右させてしまうことが少なからずある。彼女もその御多分に漏れず、むせ返るような熱情に身を任せ、自分が育て上げられた井戸の中から外に飛び出してしまった一人だというのだ。

 この店に身を置く女性達の大半にそのような経緯があるのは確かだ。が、彼女に至っては、どうやら駆け落ち同然に飛び出してきた相手が、ヴェロンの襲来によって命を落としてしまった悲しい過去があるらしいのだ。

「そうなのよ。ミリィちゃんの旦那さんって、あの【ゲッスンの谷特別守備隊】の隊長さんだったらしいわよ」

「しかしよ、ママ。【特別守備隊】の隊長にまでなったとしたら、その後の補償として軍から結構なとやらが出てるはずだろ?」

「それがね。どうやらそれが出なかったらしいのよう」

「え、何で? だってよ、それが軍関係に居る連中にとって当たり前のことじゃねえのかい?」

「うん、確かにそうなんだけど……。ただ、ミリィちゃんの場合、結構な無理やりの駆け落ちだったらしいのよう。だから、どうやら旦那さんが軍に所属する時点でID……つまり、身分証明を偽装して入隊していたらしいのよ」

「何だって!? それじゃあ、それが原因で見舞金も軍から下りなかったてことなのか?」

「そうなのよう。何しろ、この世界に寄留地を建設していた時代って、そういうの結構あったあでしょう? そう、今だってこの【ゲッスンの谷】に出稼ぎに来ている人たちにもいえることなんだけど……。そういうのに身に覚えのある人が結構居るはずよ。そこんところ、正太郎ちゃんはどう?」

「どうって……俺ァ、正真正銘のIDのまんまだから、そこんところは心配ねえけど……」

「ああ、そうなのねえ……。でもさ、あたしらみたいな商売やってると、そういう事情を持った子たちって多いのよ。だからね……だからこそ、完全管理の大型人工知能を推進して来る新政府設立に反対してるって人たちも多いことは確かなのよ」

「な、なるほどな……。あんまりするのがよろしくねえって風潮もあるってわけか……」 

 そういった噂を耳にすれば、正太郎も子持ちのミリィの苦しい台所事情に心惹かれてしまうのも致し方ない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る