浮遊戦艦の中で⑧


 正太郎の目には、過去の足跡と未来の軌道とが、微妙な色違いでハッキリと区別できる。

(これが、こいつらの飛んできた方向だとするならば、こっちのはもしかして、これから飛んで行く軌道だな。ならば、俺はこれをけて下に降りればいいってわけだ)

 彼には、いつその感覚が終わってしまうのかも分からなかった。が、それでもひたすらヴェロンたちの背中から背中を蹴って伝い、時には翼の部分を滑り台のように流れ落ちるようにして地上へと向かった。

(こいつら、この場所にこんなに来やがっていたのか。ざっと数えても五、六十体は下らねえ……。こんなのとまともにやり合ったんじゃ、文字通りこっちがお陀仏になっちまうところだったぜ……)

 そう思いながらも、彼はこの不思議な感覚を楽しんでいた。

 何とも言えぬ浮遊感である。まるで現実に居るような感覚ではない。

 しかし事実、肉体的な感覚や、吐く息の音、そして凶獣たちの背中を踏みつける音や感覚はしっかりと感じている。

(まったく、どういうんだ一体!? 俺の目の前がこんなになっちまうなんて、まるでおとぎ話みてえだな……)

 そう、彼にはもう一つ別の感じ方も覚えていた。それこそが、この【三心映操の法術】の確たる部分、自身が第三者として見えているということである。

 人は大抵、窮地に追い込まれれば追い込まれるほど視野が狭くなり、そして気持ちに余裕が無くなって来る。

 個人差はあれど、生まれてこの方、視力の強弱や、聴覚の強弱があるように、それと同じくして視野の広さや狭さはあるようだ。

 だが、この場合の【三心映操の法術】に至っては視界の広さや狭さを語るだけでは説明がつかない。なぜなら、今現在彼に見えている世界は、自らの視野と同時に、自らを第三者の視点で観察している状態なのだ。

 それはつまり、将棋などの盤上の競技で例えるところ、その駒が自らの視点であったとしても、それと同時に、その駒を動かす棋士の視点でも見ることが出来ている状態だということだ。

「む、むう!! 羽間正太郎!! あ奴め、とうとうこの窮地の場面であの伝説の技を極めおったか!!」

 その光景を地上から窺っていたゲネック・アルサンダールは刮目かつもくして上空を仰いでいた。

 彼の視界に映るもの。それは、我が愛弟子があの危機的絶体絶命の状況から軽々と帰還する姿。ミサイルのように飛び交う凶獣ヴェロンの群れの背中を、軽々と乗り越えて地上に降り立つ姿。これこそが、師であるゲネック・アルサンダールが長年夢見た伝説の秘術【三心映操の法術】を発動させた姿なのである。


 ※※※




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