フォール・アシッド・オー78


 兄春馬は、事も無げにそんな大それたことを言い切った。

 宣戦布告――

 それは正に、小紋にとって現実では初めての経験である。

 戦争とは、確かに彼女の生きている間にも、どこか知らない土地や別次元世界のヴェルデムンド内でも起きていたことである。

 だが、これは目の前の現実であって、決して対岸の火事などではない。今まさに現実に目の前で起きたことが発端となり、その火種が広範囲で争いに発展する様相を呈しているのである。

「小紋よ、私はこう見ている。ここに身体を機械に換えた人々の亡骸が無数にある。そして、それを良しとしない凶獣たちの亡骸も数え切れぬほどある。これはどういうことか――? 実はな、小紋。白狐のヴィクトリアは密かにあの世界から凶獣ヴェロンの種子を地球に持ち帰っていたのだ。ああそうだ。無論、あの世界のあらゆる生き物などの輸出入は厳しく管理されている。だが、表面的な職業である食品輸入販売という隠れ蓑によって、彼女はそれを可能にし、現実のものとした。彼女はこの三年近くもの間に、あらゆる反機械化思想の組織を取り込むことによって、その種子たちの繁殖を成功させたのだ。それが結果、あの建物の周りに横たわるヴェロンの死骸の山というわけなのだ」

「そ、そんな……!! あの人は、自分の復讐のためだけにそんなことを……!?」

「そうだ。私が調べた限りなのだが、彼女は一度だけヒューマンチューニング手術を受けたことがある」

「え? だって、あの人は生粋のネイチャーとして先鋒を切っているんじゃないの?」

「いや、そうではない。彼女もまた、過去にあの世界に渡り、一度だけ身体を機械に換装させようとしたことがあったのだ。彼女もまだ年若い娘時代のころに――」

「させようとしたってどういうこと? 手術を受けたんじゃないの?」

「そうだ。彼女も手術は受けた。しかし、手術を受けこそしたのだが、いかんせん彼女の身体は機械と適応しなかったのだ。この時代にはかなり珍しいケースらしいのだが、彼女の身体と機械部分は拒否反応を起こしたのだ。そして……」

「そして?」

「そして、それが所以ゆえんで彼女は目の光を失った」

「失明しちゃったってこと……」

「ああそうだ。そういったケースは、今までに百万人に一人居るか居ないからしいのだが、彼女にとっては希望に夢抱いて試みた初めての手術だったのだ。それが元で目の光を奪われ、そして彼女の思い描いた未来を奪われたのだ。それだけに、その憤懣ふんまんを世情に向けてしまうのも止むを得ないのも解かる……」

「だけど兄さん! だからって、こんなことまでして戦争を引き起こそうとするなんて、凄い変だよ!! やって良いことと悪いことがある!!」



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