フォール・アシッド・オー63


 身の丈より数百倍もある大木と、身の丈より数十倍もある小枝と、身の丈よりも数倍もある枯れ葉に覆われた森の中は生身の彼らにとって多大な障害を極めていた。その場を行軍するだけでも余程の技術と体力と精神力が必要である。

 今現在の季節は夏。地球環境の夏とほぼ同じで、森の中は少しひんやりとしているが、それでいてどこか蒸し暑い。その中を、肉食系植物との危機的遭遇を念頭に置きながら、仮想敵となったマリダとの対決を目的としなければならない。

「いいか、小紋。お前のように結構恵まれた環境で育ってきた存在となりゃ、一つのことに集中することを推奨されて生きてきた傾向がある。だがな、ここではそれが許されねえんだ。なにせ、こういった場所では誰も守っちゃくれねえからな。てえことはよ、二つ以上の意識を完璧に操らねえと生き残れねえってことになるんだ。逆に言えば、一つのことに集中出来る環境ってのは、それだけ幸せな場所にあったってことなんだ。だけどよ、さっきの繰り返しになるが、ここはそうじゃねえ。たとえ一つのことだけに飛びぬけた才能があっても、一人じゃ何も出来ねえってことなんだ。分かるか、小紋? ここはそういう世界なんだ」

 葉っぱの間を通り抜け、小枝の積み重なりをよじ登り、やっとの思いで超高層ビルほどの大木の根元にまでやってきたころには小紋の体力は半分ほども奪われた。

 しかしそれでも彼女はひたすら正太郎の背中を追い、それでも正太郎の言葉一つ一つにジッと耳を傾けていた。

 辺りは思ったよりもシンとしている。正太郎が傍にいると思うだけでかなりの心の支えになる。が、命懸けであることには何ら変わりはない。

「は、羽間さん……。ちょ、ちょっと休ませて……。ごめんなさい。僕、ちょっと……」

 小紋はヴェルデムンド新政府軍御用達の軍事強化服を身にまとっていた。しかし、いくら強化服が破れにくく軽く出来ていても、彼女の体力はとうに限界に来ている。

「いいさ、そこのポムラの木の葉っぱの陰で休め。その葉っぱの葉脈に流れてる水は飲める。なにしろ、この木が浄化してくれた水だからな。そんじょそこいらの水より甘みがあってかなり美味うめえぜ」

 正太郎は手持ちのナイフでざっくりと大きめの葉っぱを傷つけ、そこを指差した。

「ありがとう……。羽間さん」

 小紋は、この訓練がこんなにしんどいものだとは思わなかった。ただでさえ体力が半端なく奪われるのに、これで仮想敵のマリダと対決しなければならないというのは、かなり高いハードルである。

 

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