フォール・アシッド・オー㉙


 とは言え、そのような悠長なことを言っていられる場合ではない。

 デュバラはすぐさま飛び起きると、小紋に向けて渋々うなずいてみせた。

「了解したよ、デュバラさん!! ここからは、僕とデュバラさんの二段構えだよ!」

 小紋は言うや、その小さな身体を最大限に利用し、リズミカルに右へ左へと跳ね飛んで見せる。

(むう、先ずは攪乱戦法というわけか! しかし危険だ! 小紋殿自らがおとりになるなどど……!!)

 だが、彼女はそんなデュバラの杞憂きゆうなど物ともせず、まるで蝶のようにふわふわと二分の一のサムライの周りを飛びまわる。それはまるで春の野風に身を委ねる自然界その物の生物のようであり、予測のつかない無軌道な動きは、案の定、二分の一のサムライの勘を取り乱した。

「へへっ、やってくれるじゃねえか、ちっこい嬢ちゃんよ。でも、そうじゃなくちゃ何もかもが面白くねえぜ!!」

 表情こそ見えないが、二分の一のサムライの仮面の奥からはしたたかなニヤリ顔がうかがえた。そのたたずまいから放たれる波動は、まるで全力で獲物を狩ろうとするする野生の虎の如しである。

「行くよ、黒い人!!」

「応!! 来てみろ、このちっこい女!!」

 言いつつ、二分の一のサムライは小紋の動きに反し、身体を微塵の動きもなくピタリと止めた。まさにその動きは、手ぐすね引いて獲物を待つ食虫植物さながらである。とりもなおさず、その静と動の対比は、どす黒い毒花の周囲を徘徊する可憐な一頭の紋白蝶の如し。

 小紋は華麗なステップを踏みながら、両腕にたずさえた電磁式トンファーをクルクルと回す。

(僕の非力な身体では、到底この黒い人には勝てない。でも、こうやって細かい攻撃を積み重ねて相手を消耗させられれば……!!)

 言葉を切るや、小紋は二分の一のサムライの腕、肩、腰、後頭部と連続で攻撃を仕掛けた。軽やかなステップを踏みながら電磁式トンファーの先を素早く叩きつけ、そしてすぐさま間合いを開けて戻り切る。そういった波状の連速的な打撃は、致命傷とはいかなくとも相手方へのフラストレーションの蓄積へといざなうことが出来る。防御一辺倒となった相手方の精神的なダメージは、打撃で受けたダメージにも勝るとも劣らない。

「さあ、黒い人!! これからが本番だよ!! 僕が戦いを挑んだからには、誰も傷付けたりなんかさせない!!」


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