フォール・アシッド・オー㉕


 デュバラは腕を差し出して小紋を制する。や、その刹那、床に落ちたチャクラムを拾い上げ、二分の一のサムライに向かってそれを投げつけた。チャクラムは相変わらず鋭い音を伴いつつ相手の急所目掛けて飛燕ひえんの軌道を描く。が、

「甘い甘い」

 二分の一のサムライは、それをふわふわと迫り来る風船でもけるかのようにその身をかわしてしまう。

(恐るべし、三心映操の法術使いの力よ……!! この俺にもあの感覚さえあれば……)

 デュバラは、この技をかわされたのはこれが三度目である。一度目は第十五寄留ブラフマデージャ崩壊後、時の頭首であったアヴェル・アルサンダールの命令により羽間正太郎を暗殺せしめんとした時。そして二度目は、その愛弟子と知らず、鳴子沢小紋をあの世に送ろうと躍起になってしまったあの時。そして三度目が今現在、この瞬間に当たる。

「この俺もよくよく運のない男よ。このような類い稀な才覚にこうも何度も出くわしてしまうとは……。いや、逆を申せば、このような珍奇に何度も出くわせることを僥倖ぎょうこうと受け取るべきか……!!」

 ついこのような自分の境遇に対して皮肉の一言も言いたくはなる。

 しかし、この場面で皮肉を言ったところで何の好転する材料も無ければ、それに共感を抱く存在すら見つけることは出来ない。

(ともなれば、最後の手段よ!!)

 デュバラは天を仰ぎ、大きく息を吸った。言わずと知れた融合種ハイブリッダーへの変身の構えである。

 相手は、言うに及ばず野生の虎であり化け物である。そのような男相手に生身の体で挑んで勝ち目があるわけがない。

(小紋殿には申し訳ないが、ここで決着をつけねば全滅もまぬかれん。せっかく授かった新しい命を粗末にするわけにはいかぬのだからな……)

 デュバラは、あわよくば相討ちとまで考えていた。仮に、もしここで二分の一のサムライを倒したとしても、その正体を小紋には明かさずに出来ればそれで何とかなる。そうすれば事実を知らせず、彼女を失望の底に堕とすことなく事が済ませられると考えたのだ。

「ぐおおおおっ……!!」

 雄叫びを上げ、変身の苦悶に身を震わせるデュバラ。その表情には悲痛にむせぶ心の声が聞こえて来そうである。

「ほう、テメエは融合種ハイブリッダーだったのか。生身でもそんだけ強えのに、これまたぶったまげたもんだぜ。ようし、こうなったら俺も本気出さねえと失礼極まりねえってもんだな」



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