フォール・アシッド・オー⑫

 しかしその時、小紋の脳裏に一つだけ不安な要素が駆け巡った。あのとぼけた男、兄春馬の存在である。

 小紋の兄、鳴子沢春馬は、どうやら白狐のヴィクトリアという女に良いように操られ、彼女の手足と化している。もしやもすれば、このだまし討ちに彼の情報も一役買っているのかもしれない。

 そう考えてしまうのは、何も小紋だけではなかった。今は何も言葉を発していないが、クリスティーナもデュバラ・デフーもその可能性を否定できない様子である。二人はかたくなに抑え込んだ表情で辺りを見つめているが、実の妹である小紋のことを思うと何も言えないのである。

「さあ、行くぞ二人とも。このままここに居ては、キミたちの命に係わる。奴らは本気で俺たちを殺しに掛かっているのだ!」

「そ、そうね。デュークの言う通りだわ。早くここから脱出しましょう」

 クリスティーナは、デュバラの言葉に乗って茶を濁す。

 彼らは、その小窓のある一室から恐る恐る抜け出すと、案の定様々な武器を担いだおびただしい数の私兵に囲まれた。

「これは厄介ね。相手を殺さないで倒せるかどうか自信がないわ」

 クリスティーナは、腰に携えていた短刀片手に身構える。

「いいや、キミは手を出さなくて良い。人を殺す術を見せてしまうのは、お腹の子に教育上よろしくないからな」 

 デュバラがチャクラムを両手のニ指でクルクルと回しながら答える。

「僕は戦うよ。どんな事があっても、クリスティーナさんのお腹の赤ちゃんは守ってあげる。そして僕も羽間さんに会えるまでは絶対に生きて見せる……」

 小紋がそこまで言葉を言い放ったその瞬間、相手方の私兵たちは担いだ武器を振り上げて彼らを襲って来たのである。

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