不毛の街㊳


「自分自身のりかだって?」

 正太郎が聞き返すと、

「そうです。それまで身共らは、身共らを育てた上層部の言いなりになって参りました。なにせ、それが当然のことだと思っておりましたから。しかし、背骨折り殿。暗殺任務とは言え、あなた様の失踪後の足跡を追ったことにより、身共らにある疑念が湧いてきたのです。……果たして身共ら87部隊は、何の為に戦い、何の為に任務を果たしてきたのだろう、と……」

 フドウバナは言うや、下着姿のまま正太郎の胸に飛び込み、彼の分厚い胸板に顔をうずめ込んだ。

「一体、身共は誰なのでしょう!? 一体、身共らは何の為に生まれて来たのでしょう!? 先程、身共のコードネームなるものしか教えられぬと申しましたが、実は……」

「実は……どうした?」

「じ、実は、身共は幼き頃に名付けられた氏名が思い出せないのです!! いつの頃より、本来名付けられた大切な名前が記憶の中から消え失せてしまっていたのです!!」

「な、なんだと!?」

 本気で泣きじゃくるフドウバナ。その表情に、正太郎は途轍もなく救いようのない罪深い何かを感じ取っていた。これが彼女らに与えられた代償なのかと。

 フドウバナは、まるで道に迷った幼子のように喉を唸らせ、鼻の奥をすんすんと鳴らし、

「身共らは……十二才の頃より現場に駆り出されました。そして様々な命のやり取りに関わる案件に携わりました。それは決して通常の子供が関わる事の無い経験ばかりです。そして……」

「そして?」

「そして、身共らが十五才の誕生日を迎えると――いえ、誕生日と言っても、本当に生まれた日など身共には分り兼ねますので、勝手に軍の方で設えた誕生日なのですが――そんな日が来ると、身共らは強制的に今で言うヒューマンチューニング手術を受けさせられたのです。それも、当時の新政府が規定する以上の割合で……」

 いくら先のヴェルデムンド新政府がヒューマンチューニング手術を国民に強制していたとはいえ、人体への影響などを考慮すれば、その機械の部分の割合は半分以下ということが求められている。

 しかし、彼女――フドウバナを始めとした87部隊の面々は、それをいとわずに、しかも上層部の意図的な考えによって法的な罪を犯していたのである。

「そうか、フーちゃん。キミは、そんなまだ年端もいかねえ時代に、身体の半分以上を機械に換えられちまったんだな。そのせいで、自分が自分であるということすら定着しねえまま育って来ちまった、というわけだな……」



 

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