不毛の街㉜


(冗談じゃねえ、こんな大事な時に……)

 正太郎が身を屈めて辺りを窺う。すると、

「なんとも、本当に間一髪でしたね……。もう少しで身共の身体が、南洋のマグロのように半分に引き裂かれてしまうところで御座いました」

 正太郎の真横から女の声がする。

「わっ、なんだよ!! 無事だったのか。俺ァ、君がやられちまったのかと思って余計な冷や汗かいちまったぜ……」

 亜麻色の髪をした女は、彼に寄り添うように身を託し、また付かず離れずの甘い吐息を吹きかけてくる。

「ええ。身共は、この程度の攻撃で屈するほどやわではありませぬ。とは言え、これも、あなた様の助言あっての事ではごさいますが」

「助言だと?」

「然るに、いかにもそうで御座いますとも、背骨折り殿。あなた様は、身共のか弱き箇所を、卑劣にも卑猥な調子でまさぐりもてあそぼうと策謀しておられました。そんな折り、咄嗟にまずい事になったと申されました。その刹那、身共にもその言葉の意味が瞬時に理解出来たのです。そう、血の匂いがあの化け物の誘因となることを」

 正太郎は感心した。流石はあの戦乱時代に名を馳せた精鋭部隊の一員である。それほどの勘の良さと理解力があればこそである。

「なあ、キミの名を聞いていいか?」

「ええ、ようございますとも。身共の名は、身共の加護を託している不動明王のフドウに、精鋭87部隊のハナを連ねて、人呼んでフドウバナと申します」

「フ、フドウバナ? 女の兵士にしちゃあ、かなり変わった名前だな。でもそれって、いかにも本当の名前じゃないんだろう?」

「ええ、それは勿論で御座いますとも。言わば、この名前はコードネームに過ぎませぬ。然るに、身共ら87部隊は精鋭と申しましても、本来は名もなき隠密です。本名を明かすその時こそ、死を意味した最後の瞬間に御座いますから……」

「ほう、なるほどね。そういや、大昔に暗躍した忍者もそうだったらしいな。じゃあさあ、フーちゃん。自己紹介も済んだことだし、これからさっきのお楽しみの続きとでも洒落込みますか」

 正太郎が、彼女の引き裂かれたスカートの裾をめくり上げ、今にも押し倒そうとすると、

「な、お戯れを!!」

 フドウバナのスラリとした右脚が天上まで伸び、真っ赤なハイヒールが彼の顔面を直撃する。

「えええ、な、なんでえ……!?」

「なんでもかんでもありませぬ!! この緊迫した状況で戦いの契りも御座いませんでしょう。あなた様はどういう神経をしておられるのですか!?」

「だ、だって。キミが余りにも魅力的過ぎるから……」

「もう、そういう問題でしょうか? 身共らは、あの化け物たちに命を狙われているのですよ? にもかかわらず、こんな状況で勝手構わず本能に身を任せてしてしまうとは……」

 フドウバナは呆気に取られている。これまでの任務で出会った男でも、ここまで肝の据わった者を見たことがない。

「ええ、きっと戦いの契りは後で必ず行いますから。それよりも、身共のようなはぐれ者が、なぜここに居るのかが気になりませぬか?」

「うーむ。それはそれ、これはこれだしなあ……。俺ァ、キミのその服の中身の方がすっごく気になっちゃったりするんだけどなあ」

「ああ、もう、しつこいで御座います!! ちょ、ちょっと、そんなところにいやらしい顔を押し付けないで下さい!! ああもう、身共の許可も無しに、そんな変なところをまさぐらないでください!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る