不毛の街㉔


 ※※※


 鳴子沢小紋とクリスティーナ浪野は、小紋の兄、春馬の導きによって、彼らの秘密結社のあるタワービルに足を踏み入れたのである。

 フォール・アシッド・オー。

 その不気味で血の匂いを感じざるを得ない冷たいネーミングは、彼女らの背筋を緊張と言う名の鎖で縛り付けていた。

(一体、〝白狐のヴィクトリア〟とはどんな人なんだろう……?)

 小紋の小さな身体が得も言われぬ身震いを起こした時、

「さあ、この扉を潜れば我々のテリトリーだぞ、お二人さん。キミたちに幸あらんことを祈る」

 そう言って、兄の春馬が何とも言えない不自然極まりない作り笑顔で彼女らを手招きした。

 そこは何の変哲もない会社のオフィスのようである。これと言って秘密結社の隠れ家と言った雰囲気ではない。

 地味な色のスーツを着た様々な年齢の老若男女がデスクに向かい、何やら難しい顔で大きめの端末に向かって打ち込み作業をしている。中には小さな丸テーブルに椅子を囲いながら談笑する者も居る。

「ここは表向きのオフィスだ。そう、食品輸入業の方のな。ここのところの世界的なサイボーグ推進運動のお陰で、この事業は頭打ちどころか右肩下がりの一方らしい。なにしろ、人間もサイボーグともなれば、今までより食事量は減る。その分を〝ピンポイントブースト〟から流れる電気エネルギーで補ってしまうのだからな」

 春馬の表情は、少し前の柔和な雰囲気に戻っていた。しかし、人間の機械化に対する嫌悪的態度は相変わらずである。

「それで春馬兄さんは、ここではどんな役目なの?」

 小紋が不思議そうに問うと、

「ああ、別に私は関係ない。なにせ私はフリーの探偵だからな」

「なるほど。じゃあ、何で兄さんがこんなに自然にこのオフィスに入れるの?」

「それは当り前さ。何しろ私は彼女のお気に入りだからな」」

「彼女? そのヴィクトリアさんという人の?」

「ああ、そうだ。私は彼女にとっての格別の所有物だ」

「しょ、所有物だって!?」

「そうだとも、小紋。私は、ヴェルデムンド時代にどうしようもないぐらい荒れた生活を送っていた。そんな時に彼女と出会い、そして生活の全てを救われた。よって、男としての充足と、人間としてこの世に生まれ出た魂の行き所を見つけることが出来たのだ。それは何物にも代えがたいものである。それゆえに、その時から私は彼女の所有物となったのだ」

「そ、そんな……」




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