楽園へのドア⑮


 かなちょろのエリックに、一つ筋道が見えて来た瞬間だった。

(つまり……、あの浮遊戦艦が演説していたアンドロイド国家なんてものが、言う通りの完璧な楽園なのだとしたら、こんなと手を組む必要なんてないはずで御座いやす。てえことは、こいつらには付け入る隙が色々とあるはずなんで御座いやすね……)

 彼とてあの戦乱を生き延びて来たいっぱしの諜報員である。この窮地にあって、この程度の推察ぐらいは可能である。それは正に、第一線を乗り越えてきたが故の証しだと言える。

 だが、今現在のこの状況では、自分の考えを誰かに伝えるどころか、知り得た情報を伝達する術を持っていない。

 その上、切断された右足からどくどくと血が噴き出して来る。いくら十分な訓練を受けた彼とて、すでに体力的な限界は迎えてしまっている。意識は徐々に遠のき始め、視界も薄ぼんやりと白みかけ始めている。

(はて、これは困りやしたね……。こんなことなら、初めから墓石売りのダンナに手を借りるんで御座いやした。あの方はあの時、あんな風に言っておりやしたけど、あの方が本当に演説の中身を信用しておるはずが御座いやせん。あの方は、死んでも自分の身が可愛いだけで今までの信念を曲げるようなお人じゃない。それを分かっていながら、あっしはなんて馬鹿な……)

 しかし、悔やんでいる暇などない。エリック・エヴァンスキーの命の灯火が、刻一刻と消え失せようとしている。何としてでも彼は自分が知り得た情報と見解を誰かに伝えたかった。

 確かに、自分自身がヒューマンチューニング手術を受けてミックスという存在になり得ていれば、それは容易な事である。しかし、過去にそれをしなかったのは、己が信念の致すところ。

(あっしは昔から、自分の限界というものに挑戦したかった。だから、精神的にも肉体的にも非常に過酷な諜報員の道を選んだんで御座いやす。そう、それが、今真価を問われるところまで追い込まれたのでやす……)

 

 

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