楽園へのドア⑧


 正太郎は辺りを見渡した。しかし、どこにも違和感の正体が見当たらない。

 そこで彼はゆっくりと目を閉じると全神経を聴覚と嗅覚に集中させた。

(そうか……。微かにあの天井の内枠から、青臭い植物の匂いが漏れて来ている)

 それは淀みをも感じさせない密閉空間だからこそである。感じられる別の空気の流れが仄かに漂っているのだ。

 そこで正太郎は洗面台によじ登り、目一杯背伸びをして天井の内枠辺りを目で追った。すると、なんとかすかにだが人の指がそこを触った痕跡がある。しかもそれだけではない。そこにはほんの僅かだが人の血のような赤い何かが擦れた跡がある。

(もしかしてアイツ、ここから外に出て行ったのか……!?)

 正太郎は一度振り返って辺りを見回し、誰も居ないことを確認してから内枠の取り外しに掛かった。



 その一方で、かなちょろのエリックは、車外にもうけてある〝漆黒の死刑執行隊〟の詰め所の前まで潜り込んでいた。

(今度こそ尻尾を掴んでやる……。俺の家族や仲間の無念を晴らすためにも)

 彼とて、あの戦乱時代に厳しい訓練を受け、幾度も困難な任務を重ねて来た一諜報員である。いくら今回がによる潜入であろうとも、任務遂行にぬかりなどない。

 実のところ、彼はもう現役の諜報員ではなかった。彼は、ドン・ヴィローシェと共に暗黒街に堕ちた瞬間から、ただのマフィアの一員となったのだ。

 しかし、純粋無垢に世界の好転を図ろうとする意気込みだけは変わらなかった。

(あの戦乱が終わって、反乱軍の仲間たちの半数は闇の世界に手を染めちまった……。そりゃあ、このあっしも然り。だけど……)

 やがて彼は同じ反乱軍に身を置いて居たヴィローシェの考え方に賛同し、その行動を共にすることになった。

 自分がどんなにマフィアの一員であろうとも、

「この世界を、偏った機械神の言いなりにはさせたくない!!」

 といった矜持きょうじだけは忘れていなかった。

(待っていてくだせえ、ヴィローシェ様。そして愛する息子たちよ。あっしはの情報を出来るだけ多く持ち帰って、あいつらに崩壊させられた街の仇を取って見せる……!!)



 

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