神々の旗印239

 流石のマリダとて、このような状況になってしまえば荷が重すぎる。どんなに人望が厚く、どんなに優秀であると誉れも高い彼女であっても、〝永遠の楽園〟という人参をぶら下げられてしまってはたまったものではない。

 ことさら、マリダには自分が生粋のアンドロイドであるという不可思議な負い目がある。どんなに彼女が慈悲深く民衆を思いやる存在であろうとも、所詮は人間が抱える煩わしさを知り得る筈もないからだ。

 逆に、そういった目で女王マリダを見ている民衆からすれば、次第に自分たちを卑下するような劣等感を覚えるようになる。そして最後には、先述した〝草〟という根付きの間諜の吹聴によって憤懣の行き所を模索するようになってしまうのだ。

「わたくしにも、この世の中に絶対的な正義があるとは申せません。その反対に、完全なる絶対的な悪があるとも言い切れません。しかし、このように無い物をあると吹聴し、そこに人々を扇動するという行為自体は悪であると断言できます。さあ、こちらにおわす軍の方々。あなた方は、その悪の行為に惑わされることなく共に戦いましょう。そして、甘い言葉に魅入られてしまった人々の心を元通りに目覚めさせるのです!」

 女王マリダの言葉は、軍事回線によって全軍に触れ渡った。

 一度は小紋の声と思しきあの甘言に心惹かれた者も少なからず存在した。しかし、マリダはそれ以上に事細かな説明を交えて兵たちの心を覚醒させたのだ。

 それは彼女が人間ではなく、彼女こそが人間という存在を超越したアンドロイドがゆえである。

 言わば、彼女は生まれつき人外なのである。人々は、そんな彼女に対してしばしば劣等感を抱くこともあるが、それ以上に、

「人間でないという、それ以上のメリット」

 というものを見出していたのだ。

 人の見方は千差万別である。それゆえに、確かに他人を無条件で蔑もうとする輩も見受けられる。しかし、それが生粋の人外であればあるほど、人はそこに別の何かを期待するようになる。それが古来より受け継がれし〝神〟という存在であり、〝主義体系〟というシステムの正体であったりするのだ。

「マリダ、すまねえ……。この俺があん時、取り乱しちまったばっかりに……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る