神々の旗印236

 その背後から、

「七尾大尉殿……お見事です。この混沌とした状況をお収め下さってとても感謝いたします。しかし、正太郎様の事はこのわたくしに任せては頂きませんか?」

 と声を掛けて来る者がある。

「こ、これは陛下! マリダ女王陛下……!!」

 なんとそこには、従者数人を引き連れた女王マリダの姿があった。

 七尾大尉以下、整備兵らが膝をつき、列を整わせて敬礼をすると、

「皆さま、どうかよしなに。今は乙級警戒態勢の非常事態です。皆さまはわたくしに構わず、ご自分の役目をお果たしになって下さい……」

 一同はそこで再び深い敬礼をすると、電子錠を掛けられた正太郎を置いて立ち去ろうとする。

 そんな後ろ姿を見て、

「た、大尉殿……」

 マリダは七尾大尉の背中を呼び止めた。

「はっ……マリダ女王陛下」

 大尉は振り返り際に再び膝をついて畏まると、

「今回の件、いたく感謝致します。本当に、本当に感謝いたします……」

 女王マリダに深々と頭を下げられてしまう。

「い、いえ、陛下! 勿体のう御座りまする! 一介の整備兵にそのようなことをなされましては……!!」

「いえ、これでもわたくしの感謝の気持ちを表すにはとても少なすぎるぐらいです……」

 マリダはアンドロイドでありながら、まるで涙を溜め込むような仕草で顔を背けた。

「陛下……」

 七尾大尉は、マリダの苦悩する姿に掛ける言葉を失った。こうも繊細な人の心を持つアンドロイドは二つとあるまい。

 女王マリダは、そこで神妙な面持ちで口を開く。

「ええ、人生経験の御豊富な大尉殿ならお分かりになっておられるかもしれませんが……」

「はい……。あの呼びかけの声の主のことで御座いますね?」

「いかにも……」

 マリダはそう言って七尾大尉に向き直り、

「あの女性の声は、わたくしにとっても、こちらの正太郎様にとっても特別な存在の方なのです」

「御意……」

「しかし、あるお方との方向性の違いからその女性は地球へと強制送還されてしまったのです……。ええ、無論、先ほどの女性の声が、本当にあのお方であるという保証は御座いません。なにせ、わたくしたちの敵に回ってしまった虹色の人類の存在や、アンドロイドの存在も御座いますし……」

「マリダ陛下……。陛下が何を仰られようとしているのか、僭越ながらこの老いぼれめには分かるような気がします。しかし、ここに居る老いぼれ技師めには、あの大天才たる桐野博士や鈴木源太郎博士のような力は御座いませぬ。まして、女王陛下をお造りになったクラルイン博士のような力なども……」

 マリダはそこで不自然な間を置くと、

「大尉殿……。大尉殿は、わたくしの母であるクラルイン博士をご存じで御座いましょうや?」

 神妙な面持ちでその言葉を問うた。

「え、ええ……いかにも」

「やはり……」

「ええ、存じておりますとも……。わたしは元々、アメリカ軍に属す前はサイバネティックスに関わる分野の研究に勤しむ学生でした。そこで知り合った後進の研究員が、あなた様の母であるエミリア・クラルインでした。そう、このわたしの胸のペンダントの中に片時も離れずに居るかつての妻なのですから……」

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