神々の旗印233



「これは堪りませぬな、少佐殿。こんな演説をされてはかなりの人々の心が揺らぐ……。愉悦が香る偽りの園へと誘われてしまいます。そうではありませぬか、羽間――?」

 七尾大尉が額に脂汗を溜め込ませながら問いかけると、

「え、ええ。そうですね、大尉……」

 正太郎は返答に詰まりつつ茫然と突っ立っていた。

「しょ、少佐殿……?」

 なんと、正太郎自身が半ばその演説のとりこになり掛けているではないか! 

 当然のことだが、普段の彼の心持ちであればこのような演説に微塵も心を揺り動かされることは無い。冗談にも妄言の数々を信じ込まされることは無い。

 だが、相手はあの小紋である。姿かたちこそ確認出来ていないが、そのいかにももっともめいた彼女の言い様に、そして悦楽至極なその内容に、正太郎自身が彼女を大切に思うがあまりに言葉の園に引っ張られてしまったのだ。

 さらに、彼は軍師としても行き詰っていた――。その状況こそが最大の甘言への行き先なのである。

 それゆえ、どこか楽園と言う名のを模索してしまっていた。

 軍師、そして戦略家という人種は、相手の設定した盤上に視点を取り込まれてしまえば、全てが一巻の終わりなのである。どんなに優れた戦略を有していても、それを俯瞰するだけの目を持たなければ鳥かごの中の鳥も同然なのである。

 しかし、その言葉通り今の彼は鳥かごの中の鳥も同然。羽を自由に広げることも出来ない憐れな生き物に過ぎないのである。

「大尉! 俺に早く出撃できる機体をくれ! この際だ、烈太郎を搭載したアンバランスな機体でも何でもいい! 一刻でもいいから俺ァ、あの戦艦に乗り込みてえんだ!!」

 半ば狂い掛けでもしたかのような正太郎に、

「少佐殿、いけませぬ! 今のあなた様は、戦士としても軍師としても、とてもまともではありませぬ! そのような状態で戦闘に出られましたら……!!」

「いいや、俺ァ大丈夫だ! いつも通りですよ、大尉! 敵がどのぐらいの戦力か分からないこの状況こそ、この俺が先頭を切って出撃しなければ!!」

「いいえ、それはなりませぬ! 冷静さを欠いた戦士にわたしが整備した機体をお預けすることなどはできませぬ!」

 

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