神々の旗印232


 小紋の饒舌は止まらなかった。何が彼女を変えてしまったのか? そんな疑問さえ湧き出してしまうぐらい彼女の演説には力がこもっていた。

 人類は古来より、食糧事情に悩み、土地問題に悩み、エネルギー問題に悩み、果ては人間関係に悩み続けてここまでやって来た。だが、今の彼女の演説めいた説明を聞く限り、その全ての問題が解決されてしまうほどの要素がふんだんに含まれていた。

 機械の身体と機械の頭脳。そんな人間とは程遠いさらなる力を手に入れれば、人間は人間として生きるよりも崇高でより豊かな世界に足を踏み入れられる、と彼女は語るのだ。

 人はなぜこんなにも悩まなければならないのか? なぜ苦しまなければならないのか? なぜ争い合わなければならないのか? なぜ生き続けなければならないのか――?

 そんな普遍とも言える答えのあるようで答えの無いような問い掛けは、気の遠くなるような古来より様々な人びとや神という形をもって言い表されて来たのだ。

 しかし、未だその謎かけのような問いに対して真正面を切って解決されることは無い。

 だが――

 今の彼女の演説の内容如何ないよういかんによっては、その問い掛けを全てクリア出来る。全て乗り越えられるような気がする。

 彼女の声を聞いたこの地に集う人々は少なからずこう思った。

「それならば、我々も機械の身体を手に入れた方が良いはずだ!」

 ――と。

 いちいち苦労などせず、いちいち悩みなどせず、食料にも飲み水にも、あらゆる痛みや病気や、その他私生活にまつわるあらゆる煩わしいことに一喜一憂などせず、他人の目など気にせずに全てが自由で思い通りに過ごせたのなら――と。

 そうだ機械だ! 機械の身体だ! 機械の身体は一切の悩みや苦しみから離脱することが出来る! 機械だ、機械だ! 機械の身体万歳! 機械の身体最高! 機械の身体こそ至高の選択だ!! 全てを機械に置き換えればいい!!

 彼女の声を聞いた人々は口々に叫んだのだ。あんな浮遊戦艦を地球の彼方から飛ばして来るのだから、そこにはそれ相当の科学力が存在するに違いない!! それこそが未知なる力を有した希望と言う名の愉楽の境地――。

 こんな馬鹿馬鹿しい戦争などして、命を無駄に投げ捨てている場合ではない!! 我々より高い知能と力を有した敵などと諍い合っている場合ではない!!

 この彼女の演説は、ここに住まうヴェルデムンドの人々に多大な影響を与えた。このような考えにさせるまでに大した時間を与えなかった。それだけ人々は悩み、考えあぐね、憔悴しょうすいしきっていたのだ。

 

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