神々の旗印121


「ああっ! またこんな所で油売ってるう! ねえ、正太郎。みんなあんたの事探してたわよ!」

 正太郎がその声に反応して寝首を上げると、物御台の屋根からひょっこりと突き出した見慣れた女生徒の顔があった。

「ああなんだ、悠里子かよ……。いきなりキンキンの大声で驚かすなよ……」

 彼は半身起き上がると、また気だるそうに頭を振った。

 そこに現れたのは、言わずと知れた正太郎の幼馴染の彼女、日次悠里子ひなみゆりこだった。長い髪が屋上の風になびいて曇天に漆の河を描いたようである。

 彼女は校内の全生徒からも、正太郎の世話女房などと噂されるほどのお節介焼きである。しかし、まだ何にもやる気を見せていない少年時代の正太郎には持って来いの存在であった。

「あなたねえ、みんなあなたの意見を聞きたくて首を長くして待ってるのよ! 今度の新入生歓迎イベントの出し物だってまるで決まっていないんだから!」

「分かってるよ! そう話をくなって。大体、何でもかんでも俺に頼らなくたって、あれだけバイタリティに溢れた面子が揃ってるんだからそれだけで十分だろ?」

「そういう問題じゃないのよ。あんたは昔からお祭り男なんだから、その場に居てくれて音頭を取ってくれさえすればみんながやり易いのよ」

「ちぇっ、めんどくせえなァ。いわゆるお前はこの俺に、狙いの定まらねえ無鉄砲なアイツらの前で面白おかしく道化を演じて欲しいってことを言いてえんだろ? なあ、悠里子」

「う、うん……まあ、結論から言ってしまえばそう言ったことかしら。とにかくピエロだろうと道化師だろうと、みんながあんたを必要としていることには間違いないんだからね、さあ、早くみんなの所に行こうよう!」

 悠里子はハシゴ段を登り切り、スカートのすそをパタパタと埃をはらうと、正太郎の腕を掴んで階下に連れ出そうとする。

「ケッ、はっきり言うね、ホント……。お前、俺と長い付き合いなんだからちょっとは気ぃ遣えよ」

「あら、長い付き合いだから、あたしからのあんたへの気遣いはこれでいいと思っているのよ。今さらあんたに嘘やおべんちゃら使ったってしょうがないじゃない」

「まったく、お前はちゃきちゃきの江戸っ子気質だな。お前のじいちゃん博士と性格が似てらあ」

「そうね、それ、お父さんやお母さんからもよく言われる」

 悠里子は、正太郎の腕にしがみつきながらキャッキャと笑う。正太郎は、そんな悠里子の上機嫌を見計らうと、

「なあ悠里子。お前、今日は随分とテンション高けえな。やっぱあれか? あの話が通ったのか?」

「うふふ、分かった? そうよ、おじいちゃんにあの話言ってみたら、おじいちゃんも是非にって快諾してくれたわ」

「そ、そうか! そりゃあ良かった!! ようやくこの俺がお前のじいちゃんの研究しているフェイズワーカーの試験に参加させてくれるんだな!!」

「ええ勿論。おじいちゃんも、あんた自身からそう言ってくるのを待ちわびていたみたいよ」

「そ、そうなのか? そりゃあこっちとしても好都合だ!! やったぜベイビー!! こうなったら一丁、下の仕事を適当に片づけてじいちゃん博士の研究所に詣でると洒落込みますか!!」

「だめよ、そんなの! おじいちゃんの研究所に行くのは、ちゃんとみんなとの仕事が済んでからよ!」

「ふへえ、まったくお前って奴は、そういうところだけは野暮なのな……」

「な、なにをゥ! 言ったなコノぅ!!」

 正太郎が、この人類の終末と目された時代に光明を見出したのは、このことが切っ掛けである。彼は、後年に開発されたフェイズウォーカーと呼ばれる戦闘マシンの前進であるフェイズワーカーの第一番目のテストパイロットに選ばれたことにより、その後の人生の転機を迎えたと言っても過言ではない。



 

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