神々の旗印100


 マーキュリーは言うや、その両足に大胆に備えられた大型ホバーを全開にした。その瞬間、セシル・セウウェルの姿をした勇斗は突進する重力に体ごとシートに押し付けられ、目の前が白みがかるほど息をするのが困難になった。

「う、ううっ……!!」

 その疾風の如き勢いは一気に加速を増し、最大で250㎞/hを優に超えていた。それはいきなり二秒以内に最高速度まで到達するという神速の荒技だ。

「シッカリしなさい、クロヅカユート!! コレデ気を失うヨウデシタラ、アナタハここでお仕舞いデスワ!!」

「わ……分かって……いる……ってば……」

 勇斗は意識を失くすまいと懸命に歯を食いしばった。もうすでに彼の肉体は限界を超えている。がしかし、根っから機械のマーキュリーにはその苦しみを知る術を持たない。彼はそれがとても悔しかった。 

 フランキスカⅤ型は、元々一撃離脱を主とした近接戦闘用に則した機体である。この機体の特徴は、その最大速度で敵を斬り付けた後に急角度の転回を行う〝神速木の葉返し〟と称する一撃離脱の荒技である。しかし、これをさほど訓練もなしに生身の人間で行うことはかなり難しい。

 初代のパイロットであったアストラ・フリードリヒは、自らが志願してヒューマンチューニング手術を受けた誇り高きミックスである。それだけに、肉体に掛かる過度な〝G〟に耐えうるだけのポテンシャルを既に持ち合わせていた。

 そして、二代目のパイロットたるイーアン・アルジョルジュに至っては、その巨岩石を想起させるほどの筋肉で覆われた肉体によってその過度に掛かる〝G〟から身を守っていた。彼も血の滲む努力の結晶によって、その神技の域に達した一人だった。

 だが、今の勇斗はそんな彼ら二人とは程遠い。この機体を操るまでの技量も体力も持ち合わせてはいない。

「サア、クロヅカ二等兵!! シッカリ前を向いて操縦桿ヲ握り直しナサイ!! さもないと、あの赤い機体ニ追いつかれテシマウワ!!」

「わ、分かって……るって……ば!!」

 勇斗は、震えの治まらぬ手で言われるがまま操縦桿を握り直した。相変わらずマーキュリーはこの神速とも言えるスピードの中、電磁滑空砲で後方から来る敵機を狙撃していた。しかし、敵もさるもの引っ搔くもの。この密林に聳え立つ巨木を利用して直撃を受けぬようジグザグ走行でその弾を避けている。

 勇斗は、このスピードの感覚がとても恐ろしかった。名機と呼ばれるフランキスカⅤ型と言えども、何かの過ちで巨木に体当たりをぶちかましてしまえば、機体はおろか自らの肉体もペシャンコになる。いくら機体性能と人工知能が優秀だとは言え、これまで搭乗していた方天戟タイプとはスケールが違い過ぎる。

「も、もうちょっと、ゆっくり飛ばせないのかい? マーキュリー……」

「馬鹿オッシャイ!! ココデ、スピードを緩めデモシタラ、それこそ後方から来る敵ニ、狙い撃ちサレテシマイマスワ!!」


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