虹色の人類90


 そんな極度に鋭敏になった彼の感覚に、チクリと針が刺すような痛みが走った。

 正太郎は、その感覚が未だ姿を現さぬ卑怯な刺客の殺気であることを悟るのである。

「チッ、なんて野郎だ!! 今度は完全に俺のことを狙ってやがる!」

 このピンと張りつめた異様な感覚は、正に獲物に狙いを定めた野獣が放つ独特の臭気である。それは、彼の強すぎる共感能力がそうであると告げている。

 だが、次の瞬間、いきなりその独特の殺気が止んだのだ。まるであちら側も、正太郎のその感性に度肝を抜かれたかのように。

「ど、どういうこった!? こいつ、なぜ俺が殺気に気付いたことが分かったんだ!?」

 彼のような存在ともなれば、敵の殺気を見抜くなど造作もない。だが、いくらその殺気を察知したからと言って、その気配をむざむざ敵方に知らしむるヘマをやらかすはずもない。なぜなら、そこで起きる戦略のやり取りを振出しに戻らせてしまうからだ。

 にもかかわらず、敵方の人物は、正太郎が気づいたことを何の反応や動作もあったわけでもないのに気付いてしまったのだ。

 だが、それはまだ彼の憶測に過ぎない。戦略を練る上で、確実な情報を起点にしなければ先へ進むことなど愚の骨頂なのである。

「こうなったら、こっちから鎌をかけるしかねえのか……」

 彼は言うや、手負いの少女をもう一度むんずと抱きかかえ直すと、一目散にナビゲーションシステムが誘う方へと駆け出した。そして、なるべく殺気がみなぎって来る方向から身を隠すように壁伝いを走り抜ける。

「フッ、やはりそうか。こいつはまるで鏡でも見ているかのように俺の考えを読んでやがるぜ。相手が自分ならこうする。自分が相手ならこうするだろうと、逐一気持ちを張り巡らせていやがる。……参ったね。こりゃあ、敵さんもかなりの手練れと見て良いな……」

 戦略というものは、事が起きてから物事を考えるものではない。その為、相手が次にどんな行動を起こすのかと言う予測を何十通り、何百通りと際限なくイメージしておかなければ意味がない。

 だが、その折角イメージした膨大な数の予測の蓄積があったにせよ、それを絶妙なタイミングで発動させなくては全てが水の泡と化してしまうのだ。

 正太郎は、今の敵方との殺気のやり取りによって、そのタイミングを計る息遣いが見て取れたのだ。

「どんなにフィジカル面が優れていても、タイミングがずれちまえば、それはカスも同然だ。奴はそれを熟知していやがる……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る