虹色の人類70
しかしそれでは、精神に危害が及ぶ危険性もある。正太郎はそう思った。と同時に、背筋に氷の刃が突き刺さる感覚を覚えた。
なぜなら、彼は先日にあった一つの出来事を思い出したからだ。そう、あの土砂降りの雨の中、彼はエナ・リックバルトによって命を狙われ、それを返り討ちにした。その時、彼が殺したのもエナ・リックバルトの姿をした虹色の人類なのだ。
言わば、今、彼の目の前に漫然と待ち構える彼女の分身たちも、あの時の彼女と何も変わらない。
言うなれば、彼女はもうすでにそれを実行に移していたことになる。そして、あらゆる経験を積むために刺客として送り込んで来たということになる。しかも、正太郎ですら知り得ない〝死〟という経験を得るために。
「エナ……、重ね重ねお前って奴は……!!」
「ふふっ、ホント、気づくのが今一歩遅かったようね。勿論、あたしは、あの時に新たな経験を得たわ。とにかく痛くて惨めで苦しい経験だったのだけれど、それでも〝死の瞬間〟と言う、流石のあなたでも知り得ないサンプルを採取できたことはとても有意義だったわ。それによって、あたしは一つ、あなたを超え始ったと言うことよ」
「そんな理屈……!!」
言い返しつつ、正太郎は眉間にしわを寄せる。
とは言え、彼女はもう人間という枠組みを超えたところに思考の基盤が確立されつつあった。
彼女が、グリゴリの意識体に取り込まれて早五年以上が経つ。今の彼女の年齢が十三才だとすると、もうその人生経験の半分近くを意識プログラムとして生活してきたわけである。
ともなれば、彼女はとうに意識プログラム体であることのアイデンティティーを確立してしまっているに違いない。まだ、人間の少女としての意識も僅かながらに残ってはいるが、人間というものが何であるかなど、もう人類図鑑を眺めているように第三者としての意識にシフトしてしまっているに違いない。
「エナ! お前は何か勘違いをしている。俺は確かに、今の今まで様ざまな経験を積み重ねてここまで生き延びて来られた。だがその中には、口では言い表せねえほどの苦い経験や大失敗も山ほどある。……その上に、これからも俺には絶対出来ねえ経験がある!」
「な、なによそれ? すんごい興味があるわ! 言ってみて?」
「ああ、そりゃあな、俺は正真正銘の男だからな。どう転がったって子供は産めねえってことさ」
「な、なにそれ? そんなこと当たり前じゃない!」
「そうだ、当たり前のことだ。今後、そういう技術が進展してこねえ限りな。つまり、だから言っている。俺は俺だ。俺は俺なりの持って生まれた役目を果たすだけだ。それはお前の学問とやらの研究課題の核心部分じゃねえのか? そうだ、俺は生かされて生きる道より、自らが考えて生きる道を選んだ男だ。それについちゃ何も悔いはねえ。だからと言って、生かされて生きる道を選んだ連中を蔑む気もねえ。しかしよ、お前はどうなんだ、エナ・リックバルト? お前はそれだけの才能を持ち、その境遇を選べなかったとしても、誰かの言い分を鵜呑みにして人類に八つ当たりか? お前はそんな情けねえ奴だったのか!?」
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