虹色の人類㊻


 その時、一瞬だけ精霊がまかり通ったような間があった。二人は互いに互いの立ち位置というものを理解し合っている。それだけに、並々ならぬ思いというものがある。

「まあ、そりゃあ分からねえ話じゃねえわな。お前の居場所が作ったお前らの目的を遂行する為には、とりわけ邪魔なものを一から削っていくってのは戦略の常道みてえなもんだからな。だがよ、エナ……」

「だ、だめっ! それ以上言わないで、ショウタロウ・ハザマ!! あたしは今のノックス・フォリーが無ければあたし自身の存在自体が維持できないの! 人工知能の中でも特に巨大だったグリゴリの膨大な意識プログラムなんて到底一個人が維持できるものではないの!! そして何より、こんなあたしを助けて下さった始祖ペルゼデール様を裏切ることなんて出来ないのよ!!」

 エナは声を張り上げて胸の内を言い切った。

 確かに五年前までのグリゴリは、このヴェルデムンド世界と母世界の地球を合わせてみても、特に優秀かつ巨大なスーパーコンピューターであり、自らものを考える一種の生命体として認知されていた。

 その維持管理においては、当初は第十三寄留ムスペルヘイムの管轄であったが、グリゴリのその存在自体が利益を生み出し自己を管理運営できることから、既存の自律型アンドロイド同様に社会的権利を獲得し、市民権を得て一個人としての認識がなされるようになった。そこから彼はノックス・フォリー最高学術専門院付きの大型人工知能として人間社会との合理的な関係を保っていたのである。

 だが、エナ・リックバルトという人間の中でも飛び抜けて優秀で境遇に恵まれない子供を見つけるや否や、言葉では表すことの出来ないいくつもの感情に目覚め、そして極めつけには羽間正太郎という男が現れたことによって、今までには決して生成されることのなかった数あるネガティブな情念を溜め込んでしまう結果に至ってしまったのである。

 そう、その大型人工知能グリゴリの常識では図ることの出来ない膨大な情報量と思考能力。そんなものをエナ・リックバルトのまだ未成熟な脳だけに留めておくことなど物理的に不可能。

 そこで分散されて思考プログラムを滞留しているのが、彼らノックス・フォリー最高学術専門院のメンバーであり、彼女の配下となっていた兵士やフェイズウォーカーといった人工知能を持つユニットだったと言うわけである。




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