虹色の人類㉚


 正太郎は坑道の暗がりの中で、アイシャの面影に思いのたけを語った。

 彼も決して一途に思いを寄せて来る小紋の気持ちに気付いていないわけではない。ただ、彼女が思い描いている彼への人物像への期待に応えられていないことがもどかしいのだ。

「なあ、アイシャ……。こんなんじゃ俺ァ、虹色の人類と面と向かって戦い合うなんて出来やしねえ。確かに俺ァ、他人に期待されれば期待されるほど力を増すというのは嘘じゃねえのかも知れねえ。だがよ、虹色の人類ってのは、どうやら人の裏の心を読んで攻めて来るって話じゃねえか。それじゃあ、みんなの期待とは裏腹の俺のこの弱い心を見透かされちまうのが関の山ってところだぜ。そんな弱い俺の複製が現れた日にゃ、きっと小紋に幻滅されちまうどころか、弱さを押し出した俺の複製がとんでもねえ悪さをするに違いねえ。この俺が幻滅されることに関しちゃ、そんなことはどうでもいいことだ。だが、俺の弱い部分が基で世界に混乱の種を蒔くのだけは決してあっちゃならねえことだ。そう悠里子にも約束したんだ。そして俺の為に死んでいった君の為にも……」

 彼はここぞとばかり思いのたけを語った。誰も来ない。誰もいないだろうと思えるこの場所で。

 それは、無二の相棒である烈太郎にさえ語れない真の胸の内というものである。

 アイシャは、それだけ正太郎が心を託せるほどの器量を持った聡明な女性であった。たった一晩を共にしただけの間柄ではあったが、あれほどまでに何もかもが言葉を交わさずとも相通じる存在など一生に一度一人に出会えれば、それは奇跡と呼べるほどである。

 皮肉なものだった。そんな彼女だからこそ、アイシャ・アルサンダールは羽間正太郎という男に惚れ込んで自らの命すら顧みず、その命と引き換えに彼をあの不確定極まりない不可思議な兵器から救い出したのだ。

「君がいてくれれば……」

 正太郎は、何度今までもその言葉を吐き出そうと思ったことやら。だが、この弱肉強食たる厳しい世界では、その妄言を吐いたところで何の得にもなりゃしない。そして、そのような弱気な姿を見せたこところで同情を買うことすら出来やしない。それはすなわち、自らを死へと誘う言葉になってしまうからだ。さらに、その言葉を吐けば、彼にとってまたあの自棄的な若かりし頃に逆戻りしてしまい兼ねないのだ。

「俺ァ、悠里子や、日次ひなみのじいちゃんたち家族が殺されたことで、エゴの塊を前面に押し出して来る思想主義集団が憎くて堪らなくなった。だから、それを全力で血祭りに上げることに躍起になっていた。だが、アイシャ。君の父親であるゲネックのおやっさんに出会ったことで、俺ァその考えが間違いだったことに気付くことが出来た。それだけじゃねえ。ゲネックのおやっさんには、色々とこの世界で生きて行くすべを教わった。それだけじゃねえ。生身で行う戦闘術、戦略術なんかも散々と言っていいほど一から十まで教わった。そのことは本当に感謝している。そうさ、感謝しても感謝してもしきれねえ程にな。本当に君ら親子には言葉では言い表せねえほど世話になっちまって……」

 彼はそこで言葉を切ると、手の甲で瞼の辺りを拭う。そして、

「だからよ、聞いてくれアイシャ。俺ァ、君ら親子にその恩を少しでも返すためにここにやって来た。この一連の騒動の核心を得るためにな」



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