青い世界の赤い㊹


 人工知能パールヴァティーの言葉がついえるや否や、デュバラの心身は光とともにその広がりを増した。

 パールバディーは言った。

「我らは、汝のその可能性に賭けるのだ――」

 と。

 しかし、今のデュバラにはその真の意味は理解出来なかった。彼らが三位一体となり心身共々融合しようとも、あえて人工知能パールヴァティーはその真意を伏せたのだ。やがて到来する未来の出来事に向けて、その方が有効であると考えていたからだ。



 小紋とクリスティーナは、非常階段を下へ下へと飛び降りる様に駆け下りた。

 小紋が身を潜ませていた客室は、超高層ビルの63階であった。ホテル自体は、その中盤にあるテナント形式の大収容施設であるが、どういうわけかこの異常事態であっても誰一人何の反応も起こさない。

 正にそれは、彼らデュバラ・デフーとクハド・レミイールの工作の賜物である。彼らの精神を操る幻術と、科学の粋を尽くしたクラッキング技術。この裏表両方から攻め入る前置きによって、そこで働く従業員やアンドロイド、ひいては宿泊客までもが意思を削がれてしまっているのだ。それこそが、彼ら黄金の円月輪の真骨頂なのである。

「クリスティーナさん! どうやら追っ手は追って来るのを止めたみたいですね。だってほら、鳥肌も立たなくなったみたいだし……」

 小紋は、息せき切りながらその腕をクリスティーナに見せた。

「さあ、それはどうかしら。だって、こんなに大掛かりに前置きをしている刺客ですもの、ちょっとやそっとあの武器をかわされたぐらいで萎えたりなんかしないはずだわ」

「あ、そっかあ。やっぱりクリスティーナさんて、凄い人なんだなあ」

「えっ!?」

「だって、こんな状況でも、すっごい落ち着いていて、それでいてなんでも分かっちゃうんだもん」

「そうかしら。ま、まあ……自分で言うのもなんですけど、伊達に貴女のお父様の近くでお仕えしていませんからね」

「あ、それ納得かも。だって、うちのお父様ってああ見えて人使い荒いですもんね」

「フフフ……、そうかもしれませんね」

 先程まで精神的に追い詰められていた小紋であったが、なぜかクリスティーナといると気持ちに余裕が生まれて来るのであった。それは、クリスティーナの醸し出す貫禄によるものだと、彼女は感じ取っていた。それはまるで、羽間正太郎とあのヴェルデムンドの世界で個人特訓を受けていた頃の感覚にも似ている。

「ねえ、小紋さん。私を呼ぶとき、これからはクリスって呼んで。ほら、その方が親しみやすいでしょ?」

「うん、じゃあ、お言葉に甘えて、これからそう呼びますね。クリスさん。じゃあさあ、僕は何て呼んでもらおうかなあ」

「小紋さんは、小紋さんでいいんじゃないですか? それ以外に呼びようが無いし……」

「ですね。無理に愛称付けられると、コモコモとかまるで変てこになっちゃうし」

「そうね。私も小紋さんと年齢が二つしか違わないから、あんまり子供っぽい呼び名だと抵抗あるかもしれない」

「へえ、クリスさんて、僕の二つ年上なんだあ。なのに、そんなに落ち着いて……。僕、自信失くしちゃうなあ。それにとっても大人っぽくて色っぽいし……」

「ありがとう。そんなに褒めてもらえるなんて光栄だわ。でもまあ、それに関しては良いことも悪いこともあるけれどね……」

「悪いこと? 他の人より大人っぽくて美人で色っぽいことで、何か損なことがあるんですか?」

「ええまあね……。ちょっと前に、ある野獣っぽい人に毎晩身の危険を感じさせられたりしていたことがあったから……」

「へええ、それはかなり大変かも。そんな危険な男の人がクリスさんの近くにいたんだあ。そんな最低な奴、クリスさんの力でとっちめちゃえばよかったのに。ホント最低!! 女を何だと思ってるのかしら!!」

「え、ああ、まあ……ね。貴女の言う通りね」

 クリスティーナは口ごもった。まさか、その最低な男というのが、小紋の思い人である羽間正太郎であるということは、クリスティーナは口が裂けても言えない。


 

 

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