青い世界の赤い㉒
その一方で、クハドはより一層焦りの色を濃くしていた。
彼の〝金目、金耳〟と
(もしかすると、コイツは何かとんでもない秘策を隠し持っているのか……!?)
まだ人生経験も戦闘経験も浅い彼だけに、小紋が時折り発する軽やかな笑いが不気味で仕方ないのだ。
まさか、彼女が過去の思い出を振り返りながら、悦に浸っているなどと夢にも思うまい。
クハドは、懐に忍ばせてあるチャクラムに手を添えて、いつでも対象人物を葬れるよう準備した。
(たかがたった一人だ。たかが、たった一人を殺すだけでいいんだ……)
彼は、自身にそう言い聞かせるのだが、なぜか手の震えが止まらない。
今まで彼は、経験は浅いものの何人もの人々をその手に掛けてきた。
つい先ほどだって、相手は戦闘態勢ではなかったものの、訓練十分なプロたちを相手に一瞬でその命を闇に葬って来たばかりだ。
今回の目的が今まで以上に大義であるがため、その行為自体に何の障害も感じなかった。それはまるで、市場によく出回るザクロやビーツの類いを何の気兼ねも無く真っ二つにするのと同じようなものだ。
ああそれなのに、今は何故か心臓の鼓動が激しくなる一方で、手にかいた汗のお陰で、じっとりとチャクラムが張り付いてしまっている。
(馬鹿な……、なぜ俺は、たった一人の女子供相手に、こんなにまで平常心を乱されているのだ。何を恐れているというのだ……)
そう思いつつも、クハド自身、その理由を痛いほど分かっていた。
彼は、先だっての羽間正太郎暗殺の際に、その渦中で暗殺を試みていた一人だったのだ。
あの時、形勢有利とばかりに先手必勝でこちら側から仕掛けていた彼らであるが、一対五。その数的有利性も虚しく、彼ら黄金の円月輪は無残にも仲間二人を失う程の返り討ちに遭ってしまったのだ。そもそも、この暗殺がたわいないものだと心の中で決めつけていたことが、彼らの決定的敗北の要因である。
そしてその時、彼が実際に最後に見た光景は、まるで猛り狂った修羅の如き形相で仲間たちを返り討ちにした羽間正太郎の大きな背中だった。
そのイメージは、彼の頭の中から一生こびりついて離れない。消したくても消すことの出来ない有り余るほどの恐怖のイメージである。
ゆえに、小紋の他意によって放たれた笑みが、今こうしてクハドの恐怖心を煽り立ててしまっているのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます