黒い夏の29ページ


 勇斗は、ここが現実なのか夢の中なのかさえ区別がつかないほど混乱した。だが、その目の前に映る人物の姿は、彼の心境と同じように動揺し、同じように目を見開き、一挙手一投足同じ動作を起こしながらこちら側をじっと観察している。

 正にその姿は、シャンパンゴールドの短い髪に驚くほど透き通った青い瞳。少々面長で精悍でありつつも優しさが滲み出るような端正な顔立ち。そして、背丈が190セントメートル近くはあろうかという鍛え抜かれた体躯。どこからどう見てもジェリー・アトキンスそのものである。そう、それは勇斗の憧れの存在であり、いつも手の届かない所に存在した元上官である。

「どうじゃ? 気に入ったかえ? その体……」

 呆気にとられたままの勇斗に、博士は聞くが、

「なっ……!! き、気に入るとか、気に入らないとかの問題じゃない! 一体アンタは何てことをしてくれたんだ!!」

 勇斗は、声が裏返るほどの罵声を浴びせた。すると博士は、きょとんとした表情で、

「な、何とまあ、ほんに解せぬのう。何が不満なのじゃ? 何がこうもお主をイラつかせるのじゃ? わしはこう見えてもお主の心だけは読める。なにせ、儂とお主は同じ匂いがするで喃。しかるにお主、儂と初めに会った時から、自身の身の上に大層な不満を持っておるように見えたんじゃ……。よう顔に出ておったわい。じゃから儂は、お主を立派な戦士と評判だった男に姿を入れ替えてあげたのじゃ……。そういう意味では、儂はお主にとって一足早いサンタクロースのようなものじゃろうて。しかし、ほんに解せぬ、解せぬ喃……」

「ふ、ふざけんな! 何がサンタクロースだ!! アンタ、自分が何様だと思っていやがるんだ!! どういう神経してやがるんだ!?」

「なんともまあ、若いということは失礼極まりないものじゃて。まあ、まだ分別もつかない子供だから仕方のないことじゃが喃。……いいか、少年。怖いもの知らずは、それだけで愚かじゃ。よく心しておくとよい」

「な、なにを!?」

 勇斗の怒りのやりどころは、あっちこっちに向いていた。この老人は本当に狂っている。ああ言えばこう言う。何かを言えばかわされてしまう。こんな無茶苦茶な仕打ちをしておいて、全く悪びれた雰囲気すら見せていない。これでは、一体全体どこにこの理不尽な怒りを持って行けばいいのか全く分からない。



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