夏の黒い13ページ

 老博士は立ち止まり、一旦振り返ると、

「ほれ、何をボーっとしているのじゃ。わしのアジトに着いたぞい」

 と、そう言って勇斗の顔を覗き込んで来た。手持ちの小型サーチライトに照らし出された老博士の眼は、今にも飛び出しそうなほどギョロリと見開かれている。まるで腐りかけた死んだ魚のような眼差しである。そんないかにも不気味で死臭漂うような雰囲気に、勇斗は身震いを起こしてしまった。

(さっきまで焦っていてよく分からなかったけど、近くで見るとこんなにも不自然なんだ。博士の体って……)

 老博士と言葉を交わしたばかりの時には、それ程までに気にならなかった。しかし、こうして慣れてくると、その老博士の技術とやらも、やたらと胡散臭さが増して来る。

「さあ、こっちに来るのじゃ。早くせんと、小五月蠅こうるさいグレイピーナッツがたかりに来るよってな……」

 博士の言葉に促されるまま、勇斗が目の前の洞穴の入り口の部分をくぐった途端、

「あっ……!!」

 と、驚きの声を上げてしまう程の大きな音が背後から聞こえてきた。それは、洞穴の入り口の扉が勢いよく閉まる音だった。

「もうこれで安心じゃ。この扉は、たとえヴェロンのような凶獣が体当たりしたとしても、ビクともせんぐらい分厚く頑丈に作っておる」

 老博士はそう言ってニタリと笑った。仕草は老人そのものだが、容姿は体格の良い青年であるだけに、妙な違和感を覚える。その上、時々腰を曲げて背中を叩く仕草が、その違和感をより一層強く感じさせる。

「あ、あのう……博士、アルベルト博士。今更なんだけど、俺ちょっと、乗って来たフェイズウォーカーのことが心配になって来た。だからさ、少しだけ戻らせてくれない?」

 勇斗は、今になってこの状況がかなり思わしくないことに焦りを感じていた。それならば、どんな言いわけをしてでも、この場から立ち去りたい。だが、

「何かあるのかえ?」

 と、また老博士は眉間にしわを寄せ、いかにも怪訝けげんな声を唸らせてきた。

「い、いや……あの、その、俺は、博士のことをどうのこうの言いたいわけじゃなくて、ほら、単純に自分の愛機のことが心配で……」

「なんじゃ? どういう意味じゃ?」

「だからさぁ、博士が胡散臭いとか言ってるわけじゃないんだって!」

「言うておるようなものじゃろうが! この儂のどこが胡散臭いんじゃ!」

「え……いや、あの、俺そんなこと言った? 言ってないよね? そうじゃなくってさ、ただ単に俺は早雲のことが心配なだけだって!」

 言葉を重ねれば重ねる程、勇斗はドツボに嵌まっていった。根が素直なだけに、どんなに否定しようとも、頭に思い浮かんだ言葉が口から簡単に出てしまう。

 老博士は、あの薄気味悪い不気味な目を見開きながら、今にも食って掛かろうとしている。勇斗がどんなに小型小銃を手にしているとはいえ、このような近距離では迂闊には撃てない。撃って良いものかも分からない。

 ここは穏便に済ませたい勇斗は、小型サーチライトの光を至るところに当てた。すると、どうやらその部屋の壁伝いに、沢山の標本のような物体が照らし出された。



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