夏の黒い12ページ


(俺は別に、傷を嘗め合いたいわけじゃない……)

 そう思いつつも、勇斗は老博士の案内に応じようとしていた。

 何万年という気の遠くなるような歳月が作り出した鍾乳洞。その神秘な空気が満ちた暗闇の中を二人は歩き出していた。

「ちょっと待ってください、アルフレッド博士! 進みがちょっとばかり速いです!」

 当然慣れない勇斗は覚束ない足取りである。念のための携行銃火器一丁と小型サーチライトを担いでの歩行は、ぬめりとした特有の岩肌のお陰で足元がかなり滑りやすくなっている。

 しかし、老博士はそんな状況も物ともせず、スタスタと前進していってしまう。

 そこでくるりと振り返り、

「おっほっほ、これはすまんかった。こうも年を取ると、なかなか気の利かんもんじゃて。もっとゆっくり歩くよって、わしの後をよう付いて来るのじゃ」

 老博士はそう言ったが、どこか気分が乗っているせいなのか、弾むような足取りはなかなか止まらない。

 勇斗は軽く舌打ちをしつつ、

「アルフレッド博士!! 俺がここで置いてきぼりになったら、博士の枕元に化けてでますからね! 廃棄処分にされた腕や足の霊と一緒に!!」

「うぉっほっほ! 何とも威勢の良いことじゃな。大丈夫じゃ。儂はお主を置いてきぼりになどせんよ。せっかく来てくれたお客さんじゃて。縄を付けてでも儂のアジトに連れてゆくさね」

「それはそれは、ご親切に。……あーあ、何でこんなことになっちまったんだろ……」

「何か言ったかえ?」

「い、いいや……こっちの話だよ博士。さあ、早く参りましょうか!」

 勇斗はとにかく不安で一杯だったのだ。精神もかなり不安定な状態にあり、今自分が何をしてどこにいるのかさえ朧気おぼろげであった。

 本来は、行方知れずとなった恋人、セシル・セウウェルの捜索の為に命を賭して軍の格納庫から方天戟17号を強奪してきたのだ。それが、このような場所で、このような怪人物に出会ってしまおうとは、全く予想だにしていなかった。まして、相棒である人工知能早雲にすら事を告げずに勝手に付いて来てしまったのだ。

(まったく……、早雲の奴め。あいつが機械のくせに気なんか失っていやがるから……)

 つい数週間前まで拘置所預かりの身であった黒塚勇斗だが、セシルの謀反との疑いが晴れた時点で観察処分となったばかりである。彼は、その矢先にこのような行動に出たのである。

 ここまで命知らずな行動を自らの意思で行ったというのは、彼にとって人生初の経験である。彼はこのような状況にあっても、セシル・セウウェルを一切恨んでなどいない。それこそ、恨むどころか、彼女がどうしてこんなことを仕出かしたのかという、その謎が知りたくてたまらないのだ。

 それもその筈である。勇斗とセシルの関係は端から見ても順風満帆であったし、セシルの副隊長任命選考会に於いては、彼女自身に有利な結果がもたらされたのだから。

 その上、ペルゼデール国家の建国によって、彼らが在籍していたペルゼデールクロス部隊は、より一層重要な位置を占め始めていた。それは正に、彼らにとって絵に描いたような出世街道であったのだ。

 そんな折からの彼女の謀反劇――。

 これからお互いに手を取り合って幸せを掴もうとしていた矢先に、彼女は土台からその幸せを崩してしまった。

(セシルさん、なぜ俺に何の相談もしてくれなかったんだ……。セシルさんにとって、俺はそれ程までに頼りない存在だったのか……!?)

 

 

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