夏の黒い⑩ページ

 勇斗は、自らの表情が段々蒼ざめてゆくのが分かった。この人は常人の感覚を持っていない。何か別の宇宙から飛来してきた人なのではないかという疑いさえ脳裏を過ぎる。

 それでも老博士は言葉を止めない。

「皆、親から授かった体をぞんざいに扱い過ぎるのじゃ。そうは思わんか? そういう意味では先の戦争で暴れまわった連中の考え方は悪くなかった。じゃがな、結局のところ、野蛮な肉弾戦で事を解決しようとしている様では、儂からすれば同じ穴のムジナもいいところじゃて。反乱軍の輩どもも肉体をぞんざいに扱っているという意味ではヴェルデの新政府軍と何も変わらんかったからのう

 老博士は、いきなり先の戦争談義になっていた。長い人生を経てきた人というのは、大抵こうであるとうことを勇斗は知っている。

 勇斗にも立派な祖父がいた。祖母もいた。その祖父たちもまた、こういった回想を飛躍しつつ語る癖があったから知っている。

 だが、この人には何か別の意味で問題がある。それがどういったもので、どういう部分なのか具体的には解からない。とは言えど、どこか人間としての常識が抜けてしまっている事だけは分かる。

「あ、あの……、アルフレッド博士……。ちょっと質問いいかな? 博士は、他の人が自分の肉体を捨ててしまうことを嘆いているようだけど、博士自身の肉体はどこにいったの?」

 この質問も率直だった。勇斗自身、目の前の博士と言葉を交わすだけでも気が引けるのだが、どうしてもそこだけは腑に落ちないのだ。

 すると、アルフレッド博士はいきなり表情を曇らせてこう言った。

「何じゃ。お主は、この儂が言うにかこつけて、自分の肉体を粗末に扱っているとでも言いたいのかえ?」

「い、いや……、そ、そういうわけじゃないけれど……」

「なら何じゃ。何を言いたいのじゃ!?」

 藪蛇やぶへびとはこのことであった。勇斗は今にもこの場所から離れたい。しかし、自分が蒔いた種によって、このいかがわしい老博士の話に水を撒いてしまったのだ。しかも、老博士は話の腰を折られたことで、あからさまに機嫌を損ねている。こんな怪しい人物を相手に火を着けてしまっては、一体何をされたものか分からない。

 どうにもこうにも返答に困りながらも、勇斗は何か良い言葉が見つからないか考えた。そして、思いついた言葉が、

「い、いやあ……、そんなに凄い技術なら、俺ももっと博士の功績を見て見たいなあ、なんて思ってたりしてたものだから……」



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