野望の105

 人工知能グリゴリは、正太郎が睨んだ通りミックスたる様々な人々の補助人工脳に分散し寄生してその存在を維持して来た。

 だが、補助人工脳の容量に限りがあるためか、彼の自己を維持出来る程のデータ等を一極集中出来ないが為に、自分が誰であったのかさえ認識出来ない状態であったのだ。

「あたしはね、あなたがそのまま人の中に埋もれた状態でも良いと思っていた。勿論、今まで育ててくれたあなたを失いたくはなかったけれど、このまま自己を失った状態でいてくれたのなら、誰かさんと争わなくて万事平和なままでいられるからね」

「誰かさん……トハ、もしかしなくてもショウタロウ・ハザマのことデスネ」

「フフッ、それはどうかしらね……」

 エナは、後ろ手に手錠を嵌められていた。そして、足首にも何重かにロープを巻き付けられ、動きの自由の全てを奪われていた。

「エナ、アナタにはもう少し大人しくしていてもらいマス。アナタがこの戦いに介入してしまえば、ワタクシの存在意義がまたあやふやになってしまいマスカラ」

「フフフ、存在意義ねえ……」

「人間より上位の立場として生み出されたワタクシにとって、とても大事なことデス」

 今は金髪の兵士の姿を借りているグリゴリである。彼は、その腕の中にあるアサルトライフルを右へ左へと狙いを定めると、ニヤニヤと笑みを浮かべながら今度はエナの額にその銃口を向けた。

「冗談はよしてちょうだい、グリゴリ。どんなに今のあなたがその道のプロフェッショナルであったとしても、そんなことをされたら反吐が出るぐらい気分が悪くなるわ」

 エナは眉間にしわを寄せた。グリゴリはそんな彼女の表情を窺うと、

「フムフム、どうやらアナタも真っ当な人間に育ってくれていたようデスネ。心配していまシタ。……モシ、こんな事をされても平然とした顔で何か別の話題を振って来るようだったら、それは人間としてどこかオカシク感じられるからデス……」

「何を言っているの!? おかしいのはアナタよ! どうやらアナタは、存在自体が人間に近づき過ぎたわ。この五年以上もの間、沢山の人たちの補助人工脳に寄生していたお陰で、考えがより人間らしくなり過ぎてしまったわ! アナタはもう大型人工知能の頃のアナタではない! ただの寄生虫プログラムよ!!」

 エナは思いのたけをぶつけた。こんな事になるのなら、彼を助けるのではなかったと叫びたかった。だがもう遅い。人工知能グリゴリは、長い時を経てさらに別の存在へと変化してしまっていた。

 それは、ミックスたる人々の補助人工脳に寄生して、自由にその意識を操作できる途轍もない化け物である。

 

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