野望の79
「な、何っ……!?」
正太郎は背筋にゾッとしたものを覚えた。この目の前の老紳士は実体が無いはずだ。にもかかわらず、いきなり受けた攻撃は現実そのものだった。それが証拠にこめかみから顎の辺りの左頬がぱっくりと引き裂かれ、その傷口からはだらだらと鮮血が滴り落ちて来る。
彼はまだ、疑心暗鬼に取りつかれた目で相手を見つめ、流れ出す血を拭う。
「テメェ、一体今何をしやがった!?」
正太郎は虎のように吠えた。
「ウッフッフ、ご覧の通り、生意気なキサマの頬にダメージを与えただけデス」
老紳士は、
「な、なんだと……!?」
正太郎は瞬く間に混乱する。目の前で何が起こっているのか整理がつかないのだ。
この目の前の老紳士は、大型人工知能が作り出した仮の姿であり幻影であるはず。つい先ほど、アンナを人質に取った時などはそれがあまりにも顕著であったために油断していた。
それがどうだ。今の攻撃は現実に実体そのものであり、こちら側も痛みを伴っている。とすると、目の前のこの男は――、
「うっ、何だ!? こいつ……影があるぞ!」
正太郎は現実を直視し、ようやく気付くことが出来た。白髪の老紳士の背後に真っ黒に染まる人影があることを。
「ウッフッフ……フッハッハッハッハ! だから言ったのデス、キサマはどんぐりの世界の中のどんぐりという存在でしかないと」
老紳士は笑いながら何度も鞭を打ち出してきた。しなる鞭の先端はまるで生き物のように右へ左へと飛び交う。正太郎はその動きに体が付いて行けず、着ているジャケットの端々をボロ布のように切り裂かれてゆく。
「グッ、なんてこった……! こんな奴に構っている暇などねえってのに、また足止めを食らっちまうとは!!」
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