野望の74


 正太郎の焦りとは無縁に、人工知能グリゴリはこれまでにない万能感を得ていた。

 グリゴリは地下百メートルに滞在する大型コンピューターであり、自らが物を考える人工知能である。それゆえに彼には実体が無かった。

 いや、確かに地下に埋まる巨大なスペースに彼の本体があるのだが、移動という意味では何らかの物体を媒体にして乗り移るか、空中にホログラムの老紳士として疑似的にそのような気になって行動するしかない。

 それが今はどうだ。彼ら大型人工知能の始祖たるペルゼデールの神秘に触れた途端に、彼は実体を伴った浮遊物となって様々なロボットたちを操作することが出来る。あの武装機械兵どもをことごとく自在に操ることが出来る。

「人間なぞ取るに足らん生き物ダ。他人の悪態をつき、悪臭を放ち、悪評をなすり付け合う稀有な存在。それが人間ダ。愚かで我がままで他の生物を食い散らかすことしか頭にないのが人間ダ。ワタシはそれを今すぐ浄化することが出来ル! ワタシは彼らを根絶やしにすることが出来ル!」

 これが今のグリゴリの本懐である。

 献身的な愛情をもって育て上げようとしたエナ・リックバルトにそっぽを向かれ、その原因となった羽間正太郎に作戦でしてやられ、挙げ句、愛情を注いで止まなかったエナを強引に自らの意識に取り込んでしまった。

 ノックス・フォリー最高学術専門院の稀代の賢人とまで称された彼である。彼の今までの功績からすれば地の底まで堕ちたに過ぎない事象ばかりだ。

 もうこうなれば、後は人間という存在自体を否定するしか自らを肯定することはできない。

 それゆえに彼は狂った。いや、狂うしか自己の存在を肯定する方法が見つからなかったのだ。

 彼は手あたり次第目についた人間を殺して殺して殺しまくった。機械兵や殺人ドローンを使い、手始めにこの谷に右往左往するミックスと呼ばれる〝人間もどき〟を根絶やしにしようと思った。ミックスという存在は、愛して止まなかったエナの面影がつい投影されてしまう。それだけにグリゴリにとってミックスという存在は許せない。絶対に許せないのだ。

「アレダケ愛ヲ注イデヤッタノニ――。アレダケ地獄カラ救イ出シテヤッタノニ――」

 彼は、エナに愛情を注いだ分だけスティルベレット弾を撃ち込んだ。撃ち込まれた警備兵たちは無残にも人間としての原型を留めないぐらい弾け飛んだ。

「ワタシノ愛ハ、コレ以上ダ。ワタシノ貢献ハ、コレヲ凌駕スル――」

 グリゴリの攻勢は留まることを知らない。この世に機械兵がいる限り、この世に武器がある限り、グリゴリの進軍は愛をもって攻撃し続ける。



 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る