野望の71
彼は、まんまと発電施設の中に忍び込んでしまう。いや、忍び込めてしまう、と言ったところだ。
ミックスは万能ではなかった。確かにその手術を受けた人々の知識や認識力は途轍もない科学力によって向上された。だが、それによってそれまで持っていた野生が打ち消された人々も少なくない。
そして、人間が生物として元々持っている認知力が消えかかっている節もあった。いわゆる〝勘〟と呼ばれる部分の話である。
その勘という部分が理論的科学的に完全解明される以前にこのヒューマンチューニング手術計画が実行されたため、その手術によって〝勘〟というものが失われるか否かなどの議論などされたことは無い。それゆえに、元々持っているそういった野生や無意識による論理性がおざなりにしてしまっている。
だが、ヴェルデムンド新政府はその逆を語る。
「この手術計画は、失われていた能力を科学的に取り戻す為のものである」
と。
しかし正太郎は、その手術を受けるか否かの選択をすることが大事だと思っていた。何かを得れば、何かを失ってしまう。これこそが自分たちの生きている宇宙の法則であり、それが巡り巡って次世代に受け継がれるものであると考えているからだ。
「俺ァ、まだ現実世界の世渡りをする前のガキの頃に、悠里子を失っちまったことで逆に強さを得ることが出来た。そしてアンナをああいった目に遭わしちまったことで自分が調子に乗り過ぎていたことを知ることが出来た。失っちまった者の存在があまりにも大きかったが、もしかすると俺にはそのぐらいの痛手がないと釣り合いが取れなかったのかもしれねえ……。全く神様なんて奴がいるのだとしたら、こいつは非常に厄介なことを押し付けてくれるもんだぜ……」
正太郎は、普段から神の存在を否定も肯定もしていない。居るならばそれはそれで良いし、居なければいないでそれもまた良いと思っているからだ。
だが、もし居るのだとしたら冗談にも程がある。時には彼のような人物とて、愛する女と家族に囲まれながら平々凡々に生きる想像などしてみたい。今現在彼が置かれている状況のように、敵地に乗り込み命懸けで意地を押し通していることを再認知すると、なんだか途轍もなく鼻で笑えてしまう。
「ま、それが生まれ持った役どころってやつなのかもな……」
彼は、懐のポケットに仕舞い込んであるエクスブーストを発電施設のコンダクターと呼ばれる部分にセットした。今回は、時限処理したアダプターに差し込んで数か所同時にエクスブースト反応を起こすという算段である。
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