野望の59


 どんなに回顧の念に駆られても、時は待ってなどくれやしない。もうすぐ相手側の提示した三分の猶予に達してしまう。

 ホログラムの老紳士は、その間人工知能らしく一時停止したように微塵も表情を変えず、正太郎が答えを出すのを待っている。正太郎は、そんな〝人間もどき〟の彼らに嫌悪感さえ抱いてしまう。

「くそっ……、何か良い手はねえのか……」

 彼は、両手に握りしめたM8000のトリガーに指を掛けたまま歯を食いしばった。このままでは、自分の立てた作戦が大失敗に終わってしまう。いや、それだけではなく、敗北を認めれば自分自身が拘束される。となれば間違いなく記憶が消去され、奴らのビッグデータの一回路として取り込まれてしまうだろう。

 さらに、アンナ・ヴィジットが仮死処分を免れる保証などどこにもない。奴らはいつからか、人間を欺くための〝嘘〟という武器を心得るようになった。ただ、それがまだ人間よりも不完全なために、戦略を組む時は選りすぐられた〝軍師〟という存在に頼らなければならない。だが、それでもこういった簡単な嘘なら容易に吐くことが出来る。

「中途半端に人間になりくさりやがって。だから人間もどきだって言うんだ。それで人間を見下してりゃ世話ねえぜ……」

 正太郎は苦虫を嚙み潰したような表情でぼやきながら、壁に背を寄せ恐る恐る外を見やった。するとどうだろう。こういった混沌とした静寂の中に、何かひどく場違いなものを感じ取ったのである。偽りの姿の老紳士と機械人形だらけのこの戦場の中に、大きく異なった生気に満ちた何かを見つけたのである。

「ア、アンナ……!! き、君なのか!?」

 その違和感の発信源は、武装型アンドロイドに捕らえられているアンナ・ヴィジットの目だった。どうやらアンナはこのような状況下でも諦めていない様子である。

 金属の拘束具で後ろ手に施錠され、先程まで力なくうつむいていた様に見えていたのだが、実は彼女はこちら側に力強い眼差しをくれ、正太郎に何らかの合図を送っているようなのだ。

 だが、正太郎が使用している三次元ネットの簡易モジュールには何の反応もない。

 それは当たり前のことで、アンナがここで何らかの意思を伝えようと三次元ネットワークを使用すれば、瞬く間に情報は拡散されてしまう。つまりは、隠し事さえできない状況なのだ。

 彼女は、それを逆手にとって古式ゆかしい人間のコミュニケーション手法で伝えてきているのだ。

「ア、アンナ……。何だ!? 君は一体何を言わんとしている!?」



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