野望の52

「でも、それは事実ではなくて?」

 エナは、貫くような視線をグリゴリに向けた。最近のグリゴリはおかしい。どうも、意見が攻撃的過ぎるような。以前は、客観的冷静な判断で彼女のはやる心をなだめてくれる役回りだった。

 確かにノックス・フォリー最高専門院を離れてからは、時々感情的な意見を窺わせる場面も無くは無かった。しかし、こうまで一つのことに固執するのは羽間正太郎という存在を考えるようになってからの事だ。

 インタラクティブコネクトをするということは、互いの感情を共有する場を設ける意味が含まれている。だがエナは、今回の〝時の部屋〟でのやり取りをすればするほど、互いの距離が遠ざかってゆく様ような気がする。

(何なのかしら……? グリゴリが、どんどん事実から目を背けて行く……)




 正太郎は、腰ベルトに仕込んでおいたマガジンに手をやり、M8000の残弾が残りわずかであることを確認した。

「クッ、本当に一杯食わされたな。空中からの攻撃は、言わばやられることを前提とした“おとり”だったんだ。本当にこの俺を拘束しようってのは、これからが本番らしいぜ……」

 実際にこの作戦の立案をしたのは、ノックス・フォリーのアマゾネスことエナ・リックバルトである。

 彼女が作戦コンペティングで勝ち得た内容というのは、羽間正太郎という人物が単独で乗り込んで来たという前提を基に、その存在をおびき出すという作戦である。

 無論、彼女以外の競合軍師が、羽間正太郎が単独で乗り込んで来ようとはさすがに予測していない。それ故に、今回の彼女の立案はあくまで補助的な意味合いを持って採用されたということだ。

 そして、その内容とは、

『何らかの新研究をしている研究者、技術者に的を絞り、その周囲で怪しい動きをしている者をマークする』

 という、極々シンプルなものである。

 これは、羽間正太郎という男が、あまりにも針の穴を通すような確率の作戦を立ててくることを予測したが上でのこと。

 向こうが針の穴を通すならば、こちら側は大網を張って漠然と構える方が得策だと彼女は踏んだのだ。

「これがチェスや将棋などと言った盤上遊戯で例えるなら、彼は早指しが得意なタイプ。そんな相手のペースでまともに打ち合ったら、こちら側に勝機はないわ。本当に勝ちに行くのなら、こちら側のやり易いペースに引き込まないと……」



 

 


 

 

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