野望の53

 エナは考えていた。

(ショウタロウ・ハザマという人は、一体何を目的として単独で潜入なんかしてきたのかしら……?)

 と。

 彼女は、考えれば考えるほど、なぜか妙な高揚感が湧き上がって来ていた。まるで羽間正太郎の行おうとしている考えが読めない。しかし、それがかえって期待感を誘発させられて胸の辺りがムズムズしてたまらない。

 それがどういう意味を示しているのか、まるで彼女には分からなかった。

 これは戦争なのだ。互いの主義主張とプライドを賭けた命のやり取りなのだ。子供の遊びのように、十を数えたら復活できるほど甘いものではない。

 例え後方で戦略を練っているだけだとは言えど、彼女なら幼い身でありながらそのぐらいのことは知り得ている。戦いを美化するつもりなど一切ない。

 にもかかわらず、今回の羽間正太郎との一件は、不思議な何かがこのやり取りの奥底に潜んでいる。

(本当に不思議だわ……。戦争って、滅びと破壊の形容みたいなものだと考えていたのだけど、ショウタロウ・ハザマの戦略には、なぜか可能性を感じさせる何かが浮かび上がってくるのよ……)

 確かに羽間正太郎がやっている事は、他の戦士や戦略家たちと何も変わってはいない。なのに、どういうわけか、その先が見てみたいのだ。彼の戦略の向こう側を。

 エナは思わず表情がほころんでいた。こんなに期待感を抱いて戦略を楽しんだ経験などありはしない。

「エナ! それは危険デス!! そんな考えに飲み込まれてはいけまセン!!」

 人工知能グリゴリは思わず怒鳴った。インタラクティブコネクト中の〝時の部屋〟でのやり取りは、現実空間の中でよりも互いの感情が伝わり易い。それだけに、エナのその表情はグリゴリの胸中にダイレクトに伝わってしまった。

 こんなにも精魂込めて育て上げたエナ・リックバルトを、どこの馬の骨かも知れぬ輩に心を奪われてゆく様を目の当たりにしては尋常ではいられない。

「エナ! アナタは!!」

「ど、どうしたの!? グリゴリ!!」

 エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!! エナハワタシノモノダ――!!  

 もう感情が抑えられなかった。人工知能グリゴリは、以前のグリゴリではなくなった。

 ノックス・フォリー最高学術専門院の最高知能とまで呼ばれた、冷静で公平で気品すら感じさせる賢者の姿はどこにもなかった。

 あるのは、ただ愛という名に溺れた支配欲の塊。それが今の本当の彼の姿。

 愛憎の怪物となったグリゴリは、時の部屋の中でエナを力で押さえ込むと、その小さな姿をすっぽりと取り込んでしまった。無論、時の部屋の中はデータ上の具現化された世界なので彼女は簡単に融合されてしまった。これが人工知能たるグリゴリの最高の支配欲を満たす結果なのだろう。

 それゆえに、現実のエナの肉体はぐったりと椅子に腰掛けたまま、何一つ動く気配さえしない。魂の抜けた人形のように――。


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