野望の㊼

「うふふ、それを私は聞きたかったの。なら、早くここから逃げて! 二手に分かれるのよ!」

 唐突に彼女はそう言って正太郎の体をドンと押しやると、いきなり路地裏の方へと駆け出して行った。

「な、なんだ!? お、おい、アンナ!」

 慌てて彼女を呼び止める正太郎。彼は、まだこの時点で最後のアンプルを受け取っていない。しかも、彼女がなぜあのような質問を投げかけてきたのかという答えさえ不明のままだ。

 だが、様子としては尋常ならざるものがあった。なんと、秘密警察のエージェントと思われる幾人かの変装した男たちが、一斉に彼女とこちら側に駆け寄って来たからだ。

「クソッ……!!」

 当然ながら、正太郎がここで連中に捕まるわけには行かない。これが、反乱軍の潜入した一人の兵士としても、蔵人・ジミー・マーティズとしても意味合いは同じこと。秘密警察の様な一機関に拘束されようものならたちまち彼の作戦は水の泡になり、反乱軍の無差別総攻撃という最悪のフェイズに移行されてしまう。

 何としてでも、自らの臨んだ作戦をやり遂げたい彼は、アンナを追っていくエージェント目掛けて銃を抜いた。クーガーM8000という今どき珍しい実弾式の古い自動拳銃だが、潜入護身用に改良された代物だけに携帯に適している。彼はその銃を即座に足首のホルスターから引き抜き、一発、二発と彼女を追い駆けるエージェントの背中目掛けて引き金を引いた。

 銃弾は、重苦しく乾いた音を立てながら対象の心臓に突き刺さる。すると、エージェントは血しぶきを上げ悲鳴を上げながら前のめりに倒れ込んだ。

 その光景を振り返って目の当たりにしたアンナは、一旦立ち止まって目を丸くして言葉を失くした様子だった。が、すぐさま正気に立ち戻り、再び思いっきり路地裏へとダッシュした。 

 他のエージェントらしき男たちも正太郎扮する蔵人の発砲を見て、即座にスティルベレットと呼ばれる小型ニードル銃で応戦する。スティルベレットは、彼らのような秘密警察専用の武器で、対象の命を奪わぬまま鎮圧させることを目的とした銃火器である。

 だが、命を奪わぬのは彼らが人道的配慮でそうしているのではない。ただ、スティルベレットで対象を撃ち抜くことが出来れば、生身の脳、もしくはミックスの補助脳さえ無事であれば、対象から容易に情報を得られる仕組みになっているからだ。全ては合理的な考えからだと言ってよい。

 正太郎は、特殊加工した対スティルベレット用の特殊防弾板をポケットから出し、それをワンタッチで広げた。四方から飛んでくるスティルベレットの針の弾丸は、防弾板にぶち当たるとキンキンと乾いた音を立てて跳ね返った。

「クソッ、あぶねえ。超間一髪だぜ……。売れ線のグラビアアイドルみてえに、見えるか見えねえかのギリギリなポイントだった」

 

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