野望の㊻

 正太郎は戸惑った。なぜ急にこんな質問をして来るのだろうか。

 彼がその身を扮している蔵人という人物とアンナは、言わずと知れた幼馴染である。だがしかし、本当にこの質問に素直に答えてしまって良いのか判断に迷う。

 瞬時に簡易モジュールを使用して本物の蔵人の記憶アーカイブに侵入してみたが、彼自身がミックスという存在になったのが近年であるために、そこまで古い鮮明な記憶が記されてはいなかった。

 正太郎は、彼女に試されているのと同時に、何か二人の間にしか知り得ない“符丁”のようなものがその言葉の中に含み入れられていることを悟った。

 アンナ・ヴィジットの十二才誕生日――

 蔵人は、彼女より五歳年下の七才の幼気な少年であった。その七才の彼が、五才も年上の女の子の誕生日パーティーのことを鮮明に答えられるともなれば、それはかなり鮮烈な出来事があった可能性が高い。

 正太郎は、捕らえられている本物の蔵人の補助脳の中にアクセスし、七才当時にあった記憶アーカイブに辿り着くことを止め、直接幼少期にあった鮮烈な出来事というキーワードで掘り下げた。

 すると――

 どうやら蔵人という人物は、当時、彼らが住むアメリカの片田舎の町で、彼女の誕生日パーティ―へ行く途中、何者かに連れ去られるという憂き目に遭っていることが分かった。

 身代金目的の誘拐が多発していた物騒な地域での事件だけに、それほど珍しくはない出来事であったが、犯人グループのおざなりな犯行によって彼は命からがら逃げ伸びることが出来たという。

 そんな大人が体験しても身の毛のよだつような出来事だが、彼はまるでそれが夢うつつの中の物事であるかのように淡々とあったことを周りの者に答えたという。

 その時、アンナは自らの誕生日に来る途中に事件に巻き込まれてしまったことに対し責任を感じ、幼い蔵人に泣いて謝った。

 だが、蔵人は犯行グループの本来の目的を知っていた。

 実は、犯行グループは、町でも美しいと評判の美少女アンナ・ヴィジットを常々悪戯目的で狙っていたのだ。そして、その犯行グループとは、蔵人やアンナも知る町の悪餓鬼連中だった。

 彼らの目的を偶然知ってしまった蔵人は、彼女を突け狙う犯行グループに対しスケープゴートの役目を買って自らを誘拐させるよう仕向けた。そうすることで、彼は彼女に一生恩を感じさせることが出来ると思ったからだ。

 犯行グループの悪餓鬼連中を手名懐けるのは、意外に簡単なことだった。

 当時から今でも続くマーティズ商会の名を出して脅せば、さほど頭を捻らなくても彼らの様な単純で愚鈍な者たちを効果的に従順にさせられる術を心得ていたからだ。

 蔵人本人は、その内容を未だに誰にも口にしていなかった。無論、アンナを一生自分の物にしていたいという欲求は相変わらず本物である。

 そんな深淵の記憶に触れてしまったとき、正太郎は、

「アンナ、勿論だよ。十二才の君の誕生日は、僕にとって最高の日だったさ!」

 と、思わず蔵人になり切っただけの言葉が漏れた。



 

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