野望の㊸
蔵人・ジミー・マーティズに扮した羽間正太郎が、その恋人のアンナ・ヴィジットとの逢瀬の二日目にも彼女を抱いた。
目的のためとはいえ、ミックスという存在を、こうも簡単にだまし続けることの出来るということが正太郎の好みではなかった。
(この三次元ネットワーク用の簡易感覚モジュールという代物は、あまりにも危険だな……)
こんなこじれた場所を制圧するという目的さえなければ、正太郎はこの機具を使用する事はなかったかもしれない。言うなれば、この簡易モジュールさえあればミックスとなった人々をこうやってだまし続けることが可能だということを示しているからだ。
だからと言って、
「俺はネイチャーだから関係ないね」
などと、悠長なセリフを吐いてしまうことすらナンセンスだと理解している。体の一部すら機械に置き換えていないネイチャー相手をだます技術など、この世の中に履いて捨てる程いくらでもあるからだ。
ただ正太郎は、このように何の苦労もせず、何の美学も感じられないまま相手を簡単に操作出来てしまっていることに違和感を覚えているのだ。
「ねえ、どうしたの? マーティズ。今日は少しご機嫌斜めなの?」
「あ、ああ。いや、そんなことはないよ、アンナ。君がいつもあんまり綺麗でいるから、他の男に取られやしないかって深刻に考えてしまっていたのさ」
「まあ! 嬉しい」
アンナはそう言ってパッと表情を光らせると、蔵人の体に両腕を巻き付けて、
「今夜はもっと……」
と甘い声色でささやくのであった。
「やれやれ……、大人しい顔をしてなかなかの激しいお嬢さんだぜ」
蔵人の住まいに戻った正太郎は、腰の辺りを気にしながらどっかりと椅子に腰かけ、端末に向かう。
一見おっとりとした雰囲気に、物静かでなかなか言いたいことを表に出せない感じの彼女だが、根底には言葉に表せないほどの熱い何かを持っている。伊達に、“エクスブースト”などという危険極まりない珍品を作り出してしまう器量を持ち合わせているわけではない。
正太郎に残された時間は、あと24時間。それまでに、彼女からアンプルをもう一本受け取らねば、作戦は完遂しない。
明日の逢瀬は昼間の約束である。無論、その時間までにアンプルを手に入れられなければ、反乱軍の無差別総攻撃が始まってしまう。元々自分が立案した計画なのだが、こうも急き立てられる状況にあると、自分自身が憎たらしくなってしまう。
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