野望の⑮

「あたしの名前は、エナ・リックバルト。五年前の戦乱の時は、ノックス・フォリーのアマゾネスなんて渾名あだなで呼ばれていたわ」

「はぁ? ノックス・フォリーのアマゾネスだって!?」

 その時、正太郎は両目が五メートル先に飛び出してしまったのではないかと言うぐらいに驚いた。

 確かにその渾名を持つ者と戦略面で対峙した記憶がある。しかし、それはもう彼女の言う通り五年以上前の話で、それが本当の話だとしたら、当時彼女の年齢は8歳だったと言うことになる。

 ノックス・フォリーとは、第十三寄留ムスペルヘイム地内にある最高学府の総称である。現代で言えば、大学や大学院と言った制度はヴェルデムンドの世界にはなく、統括人工知能によって選別された人材が、本人との了承を得て専門育成を受ける。そういった教育や育成、研究を一手に司る機関がこの世界では最高学府なのである。

 その中でも、特に優秀な人材を輩出することで名を馳せていたのが、先述されたノックス・フォリー最高学術専門院である。

 そのノックス・フォリー出身の戦術家として多大なる戦績を上げていたのが、“ノックス・フォリーのアマゾネス”と呼ばれていた女性戦術家であることは反乱軍の中でも通説であった。だが、そのノックス・フォリーのアマゾネスが、年端もいかぬ当時8歳の女の子であったことは知る由もない話である。

 言わば、正太郎たち反乱軍の兵士たちは、そんなことも知らずに類稀なる天才少女相手に戦いを挑んでいた時期があったということなのだ。

「ノックス・フォリーには、上にも下にも年齢制限は無かったからね。あるのは、選別された者にその気があるか無いかだけだったのよ。あたしも当時、わけが分からないまま受けちゃった話だったんだけど、何だかあたしには居心地が良かったから、そのままそこを卒業しちゃったってわけ。そしてあたしが専門に研究をしていたのが、“個々の生物の役割論”を主題とした研究だったというわけよ」

「役割論だと?」

「そうよ、ショウタロウ・ハザマ。役割論は、地球においてもこのヴェルデムンドの世界においても、そこに生きる生物たちには種の存続や運営をし続けてゆく上で大切な機能を果たしているわ。みんながみんな、どこぞの誰もが憧れるスーパーマンばかりでも、生物は集団として成り立たない可能性が高いわ。その逆に、みんながみんな劣等感の塊のような能力しか持たない集団でも滅びてしまうのは目に見えている。集団は、様々な能力や性格があってこそというのが、あたしの研究の主題なのよ」

「ああ、そりゃあ分かる話だぜ。王様ばっかりの世界だったり、乞食ばっかりの世界じゃ、何も始まらねえからな」

「だからあなたの出番なのよ、インターフェーサー。あなたのようなインターフェーサーが個々の能力を見極めてこそ種の存続が確立するというわけよ。そうね、インターフェーサーの意味は、橋渡し役とか繋ぎ役とか見極め役とか、色々そういったことをする人のことを言うわ。で、その中でも特に秀でた能力を持ったあなたは、インターフェーサーの代表格と言うわけね」

「は、はあ……。まあ、なんだか褒めてくれてありがとうな。それって嬉しいようで嬉しくないようで……」

「あら、浮かない感じね。結構褒めているつもりなんだけど、何か気に入らない事でも?」

「い、いや。そういうわけじゃねえんだが。なんか、こう。もっとすげえ内容なのかと思って、少し期待しすぎちまったぜ。その程度のことなのかってな」

「もう、まるで分かってないわね。自分の能力が当然すぎて、自分の価値を理解していない典型だわ。あなた、その調子だとヴェルデムンドの背骨折りの渾名は撤回しなくてはならなくてよ」

「こ、こいつは手厳しいな。だがよ、俺ァその方がさっぱりするぜ。そんな渾名を撤回しちまった方がよ……」



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