アルサンダール家の③
情動を抑えきれぬ正太郎は、悠里子の後頭部を抱え込み思いのたけ唇を吸い込んだ。
そして気が済むまで揉み合うと、悠里子は乱れた髪を取り繕う。濡れた瞳のまま憎まれ口を叩く。
「もう、馬鹿正太郎! 強引なんだから……」
「へへっ、悪りぃな」
「まあ、今更なんだけどね」
そう言ってえへへと笑みを投げ返すと、悠里子は正太郎の腕の中に体を預けたまま分厚い胸板に頬を寄せる。
「ねえ、正太郎……」
「なんだ悠里子、改まって?」
「私といると幸せ?」
「あ、ああ……まあな。あんまり恥ずかしいこと聞くなよ」
「恥ずかしいとは何よ! こうして十数年ぶりに出会えたんだから、もっと正直になりなさい。ねえ、どうなの? 幸せなの? 不幸せじゃないの?」
「なんだそれ? どっちも同じ意味じゃねえか。し、幸せに決まってんだろ! 何なんだよ、照れんだろ!」
「ほら、幸せなんでしょ? ならさ、このまま私と溶け合わない?」
「溶け合う?」
「そうよ、溶け合うの。あなたと私が永遠に時間の中を……」
「おいおい、悠里子。何を言い出すのかと思えば、随分突飛なことを言い出すもんだな」
「あら、いけない? だって、死んだ私とあなたがこうして出会えるんですもの。そんな事で驚くなんて正太郎らしくないわ」
「……ってったってよう。お前、俺はまだこの世に生きてんだぜ?」
「あら、じゃあ何よ! 私だって死んでいるのよ?」
「じゃあ、聞くけど、溶け合うって何のことだよ?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました。溶け合うっていうのはねえ……」
悠里子はそう言うと、抱き合ったまま腕を正太郎の腰回りに回し込み、
「こうするのよ」
と、正太郎の体内に腕を溶け込ませていった。
「ゆ、悠里子……、何なんだこりゃあ!?」
「どう? 気持ちいいでしょ? 私たちこれで、二人が一つになれるのよ。嬉しいでしょ?」
「あ、ああ……、何が何だか訳が分からねえが、すげえ気持ちいいぜ。アレん時より……」
「あれ、って何よ? どうせスケベなこと考えてるんでしょ? でも仕方ないわね。私が先に死んじゃったんだから。でも、そんな事よりもっと気持ちいいでしょ?」
「あ、ああ……、何だか天にも昇るような気持ちって、これの事だったんだな。お前の記憶や思考までも俺の頭ん中に入ってきて……」
「ね? 私も同じよ。正太郎の生きてきた記憶や考え方が入ってきて……」
「溶け合ってるって感じだな……」
正太郎は、悠里子の肉体と次第に融合してゆく。それは、この弱肉強食の浮世を忘れ、何の苦痛からも解放されてゆくような夢見心地の快感である。
(ああ、俺はこの快感を得るために生まれてきたのだろうな……)
そんな風に思えた瞬間だった――
「いけません! 正太郎様!!」
快感に酔いしれる正太郎の思考の中に、すべてを戒める言葉が走った。
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