戦闘マシンの㉙
「アヴェルよ、テメェはもうとんでもねえことを仕出かしちまったんだ。後戻りはできねえんだぜ……」
正太郎は、燃える森の中で見た“あの物体”を思い出す。彼の知る限りではあるが、あの物体は間違いなく禁断の発明品を使用している。
ある連中から言わせれば、
「あの発明品は触れてはならない、人類誕生の秘密の関わる“パンドラの箱”のようなものだからだ」
というほどの代物である。
「そいつをどこから手に入れたかは知らねえが、あいつを使えば間違いなく俺たち人類は別の物になっちまう……」
正太郎は、自らが重症を負った“黒い嵐の事変”以来の、一連の騒動の裏に何が暗躍しているのか薄々感づいていた。
元戦友であるジェリー・アトキンスの異様な反乱行為に始まり、昔馴染みである鳴子沢大膳らの決起。そして、アヴェル・アルサンダールの暴走。さらには、この世界特有の肉食系植物の独特の進化。
これらを鑑みただけでは全く意味が汲み取れなかったのだが、あの燃える森の中で“パンドラの箱”を目にしたお陰で、この世界に何が起きているのかが一本の線になって繋がって見えてしまったのだ。
「そうさ、この世界は元々何者かによって誘導された樽の中だったというわけさ」
人はなぜ生きるのか――?
人類は、知能を得るようになった時から、そんな根源的な意味を模索するようになり、宗教や哲学と言ったもの以外でもそんな命題を未だに追い求めている節がある。
しかし、この“パンドラの箱”と比喩された発明品は、その命題に対する根源的な部分を表現してしまっているのである。
「俺ァ、別にそれを知ったからって何ともねえが、どうなんだろう? 頭が固てえ奴らがこれを聞いたら、真っ先に否定したくなるだろうな……」
しかし、今起きているアヴェル・アルサンダールの暴走は、間違いなくそれを実行したはずである。
「“熟成人間菌培養コロニアリズム”それがこいつの発明品の名だ……」
それは、酒や味噌、醤油などといった発酵食品のメカニズムを模して応用された発明品である。
日本酒なら米を糖化させアルコールに分解させるのに麹菌を使用する。そして、味噌や醤油も原材料こそ違えども、その分解された副産物を人間が有難がって食するのである。
物こそ違えども、人々は材料や菌種を変えて様々な副産物を取り入れて今日まで生き続けている。
その発明品““熟成人間菌培養コロニアリズム”とは、人類自体が麹菌や乳酸菌などといった微生物の役割をすることによって、“何者か”の為の副産物を作るというシステムを言う。
だが、ただシステムを作るわけではない。まるで時計に過剰な油を挿すように、ある範囲内だけ歯車を急激に回すことによって、“何者か”の為の副産物を人間という菌によって生み出してもらうという仕組みなのだ。
「こいつは発明品とは名ばかりで、実はこいつが発明されたとされた当時は、人類の根幹を揺るがす“パンドラの箱”になり兼ねんからと言って、ある国が地下に仕舞い込んだって聞いちゃいたが……。あそこであんな物をみせられちまった日にゃ、誰かが悪戯に引っ張り出しちまったとしか思えねえぜ」
正太郎が、燃える森の中で見た物とは、ぽっきりと折れた巨木の中から這い出るように生まれ出てくる“人間とフェイズウォーカーの融合体”であった。それも、幾人もの人の頭部がフェイズウォーカー“チャクラマカーン”の胴体から突き出すように生えており、その上、凶獣ヴェロンの大きな羽の部分が背中からにょっきり伸びているのである。
それは正に、完全体とは言えぬ様相を呈しており、進化途上の熟成前というに相応しい不気味さ加減であった。
その不完全な融合体が、燃え盛る炎の中で崩れ落ちてゆく様は、不気味を通り越して異次元な感覚である。
「おそらくだが、この街の住人や、シェルターに避難した人たちもそれに利用されちまったに違いねえ。アヴェルよ、テメエって奴は触れちゃならねえ物に触れちまったのさ……」
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