戦闘マシンの㉘


 正太郎は、右ひざの歯型のような古傷をさすりながら、

「おうさ、ゲネックのおやっさんよう。あん時の俺ァ、世の中のことを何も見ちゃいねえ、狂いまくった暴走機関車みてえなひでえ奴だったぜ。アンタの言う通り、昔の俺ァ、見えていなかったんじゃねえ。自分に都合の悪いもんは全て見ようとしていなかっただけなのさ」

 彼はそう言いながらにやりと笑った。

 過去の彼は、日次悠里子を始めとした掛け替えのない人々の命を奪い去られたことで、そのやり場のない感情を、直接関係のないあくどい連中にぶつけていただけなのである。そして、その行為自体を正当化するために、自分に都合の良い色眼鏡でこの現実世界を見つめ続けていただけなのであった。

 それに気づかせてくれたのは、言わずと知れたゲネック・アルサンダールに他ならない。

 ゲネックは、このヴェルデムンドという弱肉強食の世界で、現実の厳しさを羽間正太郎自身の体に叩き込むことで否が応でも都合の悪い部分から目を背けさせない修練をしていたのだ。

 無論、弱肉強食の戦場では待った無しが暗黙のルールである。言わば、生きるか死ぬかの瀬戸際は、言いわけすら許されぬ超現実的な世界なのである。それでも言いわけをするのであれば、それは即、死があるだけだ。

「ゲネックのおやっさん。アンタにはどんなに感謝しても感謝しきれねえほどさ。だがよ、その感謝の礼が、アンタの息子との対決たあ、これはとんだ皮肉な話だぜ……」

 羽間正太郎が、自らの鏡と称したアヴェル・アルサンダールに至っても同じことが言えた。

 アヴェルは、実の父親としても黄金の円月輪の先代の頭領としても、ゲネック・アルサンダールにひどく心酔するあまり、そのゲネックが己自身にいつまでも目を向けてくれなかったことに不満を抱いていた。

 それが、羽間正太郎というどこの馬の骨かも知れぬ輩の面倒を見ていると噂話を耳にするや、一気にその憤懣の矛先は父ゲネックではなく、その弟子に当たる正太郎へと向いて行った。

「何故、親父殿はあのような下賤な輩ばかりに目を向けてしまっているのだ!? きっとあの男は、さすがの親父殿でも欺いてしまう悪魔の化身に相違ない。そうだ、きっとあの男は悪魔なのだ! そうだ、そうに違いない!」

 人の心というものはとても脆い。そう思い込めばそう見えてしまうものである。いくら事実に反していたとしても、起点を違えば無理を通してでも思い込んだ着地点へと辿り着こうとしてしまう。

 ゲネック・アルサンダールは、羽間正太郎に対し、そういった取り違えた目を修正できたものであるが、それをしたお陰で皮肉にも実の息子であるアヴェルの目を歪めてしまったのだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る