戦闘マシンの④


「ああ、正太郎様……!!」

 アイシャは完全に死を意識した。ヴェロンが躊躇いすら感じさせない勢いで突進してくるのだ。恐怖を感じる隙も無く死を覚悟したその瞬間――、

「お姉ちゃん、避けて!」

 という声と共に、彼女の体が瞬く間に浮き上がった。

「えっ!?」

 アイシャの視界は流れて行った。彼女が予測もしない方向へと。そして、何か温かい物に覆われた感覚が彼女の体に伝わって来た。

「正太郎様……?」

 この感覚は、彼女が正太郎に抱かれていたときに感じていたものに近かった。しかし、彼女を覆う物は硬い金属で出来ていた。

 あまりの一瞬の出来事の為、アイシャは半ば茫然となり、自分が生きているのか死んでしまったのかさえ認識できていない。だが、未だに地響きのような振動が辺り一帯から伝わってくることから、まだ自分の命がこの惨状を彷徨っていることだけは理解できた。

「お、お姉ちゃん。間一髪だったね」

 どこからか声がした。まるで純粋な子供のような優しい声であった。

 優しく包まれていた物から解放されたアイシャ。どうやら彼女の体を覆ってくれていた物は、フェイズウォーカーの手のひらだったらしい。

 アイシャの意識はまだ中途半端に働いている。あまりの唐突な出来事の連続であったために状況が飲み込めていないのだ。

「お姉ちゃん、大丈夫? ケガはない?」

 心底相手を気遣うような優しい声。その声の正体は、なんとあろうことか烈風七型機動試作機、烈太郎であった。

 烈太郎は、間一髪のタイミングでアイシャを抱きかかえ、凶獣ヴェロンの突撃から絶妙なタイミングで救い出したのだ。

 そして烈太郎は、黒く獰猛そうな巨体を左右に揺らしながら、

「何ともない? 何ともなかった?」

 と言いながら、アイシャの体に異状がないか心配そうに確認してくる。

「あ、あなたが助けてくれたのですね……、ありがとうございます」

「礼には及ばないよ。美人なお姉ちゃん」

「私の名前はアイシャと言います。あなたは?」

「オイラの名前は烈太郎って言うんだ。それにしても、お姉ちゃんはすっごい美人だなあ。ねえ、お姉ちゃんはアンドロイドじゃないよねえ?」

「ええ、私は生まれた時から生身の人間です。亡くなったお父様の遺言で、機械には変えていません」

「へえ、お姉ちゃんはすごい人なんだねえ。ねえねえ、それよりもオイラお姉ちゃんのこと、アイ姉ちゃんって呼んでいい?」

「え、ええ……いいですよ。あなたがそう呼んでくださるなら」

「やったあ! なんだかオイラ、すっげえ得した気分!」

 烈太郎の顔面は鉄面皮にもかかわらず、まるで人間のような感情表現が伝わってくる。

 アイシャは面食らっていた。先程まで何も語ることもなくまるで仏像のように烈太郎は黙り込んでいた。それなのに、今は真逆の様相を見せ、人懐っこい子供のように声を掛けてくる。

「あなたは……」

「ああ、オイラかい? オイラは、羽間正太郎っていう伝説の元反乱軍兵士の一の相棒さ。アイ姉ちゃん、オイラの兄貴のこと知ってる?」

「え、ええ……」

「へえ、そうなんだ。アイ姉ちゃんは、兄貴とどういう関係なの?」

「え、いや、その……何と言えばいいのかしら」

 アイシャは返答に困った。二人の関係を言葉で表すのはとても難しいからだ。たとえ、互いの感覚が近く、思うように通じ合うような特別な関係であったとしても、とても口に出して言えるような経緯は踏んでいない。捉えられようによっては、自らがとんでもないことを仕出かしていることになる。

「あ、あのですね……、私と正太郎様の関係性というのはですね……」

 顔を真っ赤にし、しどろもどろに答えようとするアイシャを見て、

「ああ、兄貴ってそういう人だからね。きっとアイ姉ちゃんも兄貴と同じそういう人なんだね」

「あ、ええ、はい……」

 何ということだろうか。やはり、羽間正太郎の相棒と噂されるだけあって、何か妙な既視感すら覚える。アイシャは、全く人工知能相手に話している気がしない。

「ねえ、アイ姉ちゃん。アイ姉ちゃんが、今思っていることを当ててみようか?」

「え、あ、はい」

「アイ姉ちゃんが今思っていることは、なんで急にオイラが動き出したかってことだよね」

「そ、そうです。その通りです」

「そりゃあ、アイ姉ちゃんがとっても優しくしてくれたからだよ。だって、さっきオイラの背中をなでてくれただろ? オイラさ、実はどうしても死にたかったんだ」

「死にたかった?」

「でもさ、オイラは戦闘マシンだし、ロボットだから人間でいうところの自殺は出来ないようにプログラミングされているんだ」

 そうなのである。ある一定数のアンドロイドや人工知能を有したロボットが世に出回った時、ロボットの自殺問題が取り沙汰されるようになった。だが、自殺を考えるロボットはかなり経験を有した高性能な人工知能が考えることであって、殆どはそこまで深刻な状況に陥る事はない。

 だが、念のためにセーフティ装置としてプログラミングされたのが、自殺防止機能なのである。

「で、でもどうして死にたかったのですか?」

「だって、オイラ、ジェリーの兄貴と戦いたくなかったばっかりに逃げようとしていたら、正太郎の兄貴をあんな目に……。オイラ本当にロボットとして失格だなって思って……。そしたら、ジェリーの兄貴がオイラを襲ってきて、つい……」

「つい?」

「オイラはジェリーの兄貴を殺しちゃったんだ……」

 

 

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