戦闘マシンの③
父などから噂には聞いていた。しかし、アイシャ自身は、烈太郎を目の当たりにするのはこれが生まれて初めてであった。
「なんて勇猛な姿をしているのかしら。
漆黒の塗装面に、深みのある赤い文様が施された機体。その装甲板の所々には、激しい戦果の中を潜り抜けてきた証でもある大小の傷が無数に刻まれている。
しかし、全高三メートルを超す巨体であるにもかかわらず、その姿は寂しげな子供のように膝を抱え、背を丸めて座り込んでいる。
「この子は、まるで何かを避けているよう……」
勘の鋭いアイシャは、烈太郎のその異様な様相を一目見て何か感じるものがあった。
「きっと正太郎様は、あなたを戦場に出したくなかったのね」
何故かという理由は分からない。だが、アイシャには正太郎がこの機体と共に出撃しようとしなかったこと。そして、この烈風七型という機体が座り込んで動かないことの経緯が透けてくるように見えていた。
「そう。そのようですね……。きっと、優しすぎるのです、あなたたちはお互いに……」
アイシャは思わず、烈太郎の装甲板の背中辺りを優しくなでていた。その時、黙り込んだままの烈太郎のカメラアイから涙がポロポロと零れ落ちたように感じた。
その時である。フェイズウォーカー格納庫内に、また緊急警報が鳴り響く。
「緊急事態発生! 緊急事態発生! 全軍に撤退命令! 第一防衛線が突破され、第二防衛線も苦戦中! 本基地に残る全将兵及び民間人は、直ちに避難シェルターに撤退すべし! 撤退すべし!」
警戒アナウンスが語る声は、その逼迫した状況を如実に表していた。
「アイシャ様! ここは危険です! さあ早く、ここからお出になってシェルターへ避難なさってください!」
先程の将校が、彼女の動向が気になって戻ってきてくれたようだ。余程の状況なのだろう。彼は肩で息をするのが精一杯という感じだ。
「は、はい! 只今参ります!」
アイシャは、将校に促されるまま輸送機のハッチを潜ろうとしたその時――、
「うおぁっ!」
彼女の目の前で将校の姿が弾け飛んでいった。凶獣ヴェロンが基地内に体当たりし、将校ごと格納庫の奥へとダイブしたのである。
「ああっ……!!」
アイシャはそれしか声が出なかった。あまりの一瞬の出来事に悲鳴さえも上げられなかった。
「そ、そんな、私如きの為に……」
凶獣とまで呼ばれた巨大な怪鳥を思わすヴェロン。その巨体が轟音と共に矢のような勢いで突撃してきたため、格納庫内は土砂崩れが起きた後のような惨状である。
間一髪でその状況から免れたアイシャであったが、凶獣ヴェロンが将校にぶち当たった光景を目に焼き付けてしまった。
絶望というものは突然やってくる。自分の力だけでは成す術もないものに出会った時は尚更のこと。まして、自らの身を案じやって来てくれた者が真っ先に命を奪われるなど、あまりにも皮肉を絵に描いた話である。
だが、事態はそれだけでは済まなかった。凶獣ヴェロンの群れに第二防衛線を突破されてしまい、次々と基地内への特攻を仕掛けられたのだ。
「逃げなければ……」
アイシャは本能的にそう思って立とうとしたが、足腰に力が入らず思うように歩けない。ハッチの手摺を思いきり掴んで立とうとするが、ヘタリと座り込んでしまう。
それはヴェロンに対する得も言われぬ恐怖と、助けに来てくれた将校への自責の念が入り混じってパニックを起こしているからだ。
しかし、敵はそのような状況でも待ってはくれなかった。
彼女が息を飲む間もなく、格納庫内に地響きにも似た轟音と共に激しい揺れが続く。
「ああ、あああ!」
全長七メートルにも及ぶ凶獣ヴェロンが、次々と特攻をかけ体当たりをぶちかましてくるのだ。それは小爆発を起こすミサイルを連続で受けているエネルギーに匹敵する激しさだ。
そして、幾重にも仕掛けてくる中のヴェロンの一体が、アイシャがいる輸送機目掛けて突撃を仕掛けてきた。
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